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はだしで野生をとりもどせ!vol.2暮らしの中の「便利」という靴を脱いでみる

コラム

 

こんにちは、最近出会う人みんなに「縄文人っぽい」と言われているはだしの人・金子潤です。

初回のコラムが予想以上に大きな反響で、ちょっとビックリしてます。

 

コロナの少し前から、何となく、自分への風向きが良い意味で変わってきたような気がしていましたが、コロナ禍に入ってその風の強さがますます大きくなってきているように感じられます。むしろ私が風の発生源だったりして。

最近は、「コロナのせいで」とネガティブな言葉を口に出すのをできるだけ抑えて、「コロナのお陰で」と彼らですら味方にする立ち位置で、言葉を発するように心がけています。

 

立ち止まって、ふと考える

 

コロナで中止、延期、自粛と色々なことがストップしました。
私も研究発表を予定していた学会が延期になったり、進めていた研究プロジェクトの内容が突然変更になってしまったりと、今年度のスケジュールは当初の予定から大きく変わりました。

 

いつも通り、予定通りができなくなった訳ですが、別の視点から見ればコロナのお陰で、流れ作業のように取り組んでいたことを見直す良いキッカケになったのです。

 

「後2、3年したら自分のやりたいことに 100%専念しよう!」2020年当初はそんなふうに、これからを考えていたから、むしろ立ち止まって考えることができた今の状況に感謝さえしています。

 

元に戻ろうとするのではなく、これを好機と捉えて新たな一歩を踏み出す。
習慣を止めてみる。靴を脱いでみる。はだしになってみる。

 

何かを大きく変えるタイミングは、まさに「今」なのかもしれませんね。

 

 

さて、はだしランニングの衝撃は私の人生を変えました。
みなさんは、自分の根っこが目覚めるような体験をしたことはありますか?
それを体験した前と後では、全くの別人になったような感覚。
一つの出来事が生き方そのものを変えてしまうような体験。

 

人生の昼寝をしていた 20代後半、東日本大震災と原発事故という目覚まし時計によってフトンから出て、はだしに出会うことでモジモジしていた動きが確かなものになり始めたのです。
私は「やってみなはれ」な人間なので、気になると自分で確かめたくなるし、試してみないと気が済まない性分です。
それが、はだしを軸とした生き方の変化に繋がっていきました。

 

前回の最後に

ちょうどこの頃は東日本大震災と原発事故の直後で世の中の見え方が変わり、人生について見つめ直している最中でした。そこにはだしランニングが出てきて、「靴が無くても良い」ことがわかり、常識って一体なんだろう?とより一層疑うようになりました。

モノが溢れる現代の生活の中で実は無くても良いものってたくさんあるんじゃないの?
そう考える機会が多くなっていったのです。

と書きましたが、私の暮らしがどう変わっていったのか整理したいと思います。

 

便利をデトックスする

 

みなさんにとって生活に必須のモノって何ですか?

 

冷蔵庫、テレビ、洗濯機、電子レンジ、掃除機、炊飯器など、私たちは「家電」と言われるたくさんの電化製品に囲まれて暮らしています。原発事故が起きるまで、電気なんて無限にあるモノ、コンセントに電源プラグを挿せばいつでも流れてくるモノだと思っていました。

 

スイッチ一つで何でもできて、自動で何でもでき上がってしまう未来の暮らし。
そんなバラ色の世界は、経験した事の無い地震の揺れと福島原発の爆発によって吹き飛びました。そして、都会で使える電気は田舎の誰かの犠牲の上に成り立っていることを知り、”豊か”だと思っていたモノにあふれた未来は幻想だと気づいたのです。

 

そこで生活に必須だと考えられている、電気・ガス・水道のうち、まず電気の使い方を見直すことにしました。

 

掃除機を手放してホウキとちりとりへ

電子レンジと炊飯器を手放して、圧力鍋へ

全自動洗濯機を手放して二層式洗濯機へ

 

当時は千葉市内の賃貸マンションに住んでいました。こうすることで、契約アンペアが30Aから20Aでも暮らせるようになり、月々の電気代は 2000円を切るくらいまで抑えることができました。

 

今の時代はロボット掃除機があるくらいなのに、何でわざわざホウキに戻るのか疑問に感じるかもしれません。でもホウキでホコリをサッと掃いて、一箇所に集めて、チリトリで取る。確かに時間はかかりますが、私にはこっちの方が愉しいんです。ホウキで畳や床を掃く時の「サッ」という軽快な音、目に見えてホコリが取れる感覚。

掃除機を使っているときの耳障りなモーター音や排気の嫌な臭いは、こうしたホウキ掃除には無縁です。しかも電気代 0円。その代わりに私の身体には筋肉が貯筋され、掃除機では味わえない掃除を終えたときの清々しさを感じることができます。

 

二層式洗濯機も、全自動とは違う味があります。家電のメンテナンスって夫の役目かと思いますが、全自動洗濯機は洗濯槽の裏側に水垢や石鹸カス、カビが使っていくうちに蓄積しますよね。それを定期的に洗わないと洗濯物が臭くなる。洗濯槽クリーナーなるものを買ってきて満水にして空回し、もしくは重曹や炭酸ソーダを使ったこともありました。確かにボタン一つで洗濯が完了するのですが、メンテナンスのことを考えると、果たしてこれで良いのだろうかと考えるようになっていたのです。

 

そこで、子どもが生まれ、布オムツ生活をするのもあって、洗濯槽に水を残したまま、汚れ物をもう一回洗える二層式洗濯機に買い換えました。さらに洗剤もできるだけ自然なモノへと変えて行きました。

 

洗 剤 遍 歴 は 、 ミ ヨ シ 無 添 加 粉 石 鹸ソ ー プ ナ ッ ツマグネシウム、 それと汚れの質に応じてクエン酸、重曹、炭酸ソーダ、木酢液を使い分けて入れることもあります。

全自動は洗濯が終わるまでフタを閉めたままですが、二層式は洗濯槽の中が常に見えて水の濁り具合がわかるので、洗い具合を微調整できるのです。こういう感じで、自分の手でマニュアル操作した方が時間がかからず効率的で、やり終えた後の満足感が高いことってたくさんあるのではないでしょうか?

 

こうした取り組みは、はたから見ると「便利なモノを手放して、わざわざ不便を選ぶなんて信じられない」と理解されないことが多いかと思います。でも、裸足ランニングで出会った仲間や日々の暮らしの中で広がっていく友人たちは賛同者が多かったし、何よりも妻が一番の理解者であったことが大きかったです。

 

二人でいつも言っていたのは、「苦しんだり、我慢を続けるのではなく、愉しんで取り組もう」ということ。事実、ちょっとした取り組みで電気代が毎月毎月、下がっていくのはゲーム感覚で面白かったですね。今は国産のシュロ箒を使っていますが、こうした道具は使い込むほど馴染んで身体と一体化していく感覚がとても愉しいです。そのうちタライと洗濯板になっちゃうかもしれません。

 

はだしを軸にした生き方

 

「今回、はだしの話はどこへいったの?」と感じている方がいるかもしれません。実は全てはだしにつながっているのです。

 

以下のように考えてみてください。

はだしになること=足元を不便にすること
いつも靴が「ある」暮らしから、靴が「なくても良い」暮らしへ。

 

なくても良いことを知って、それを実践する。これが無いといけない。あれが無いと○○できない。そう思うよりは、「あったら良いけど、なくても良いよね」と考えられると気楽になります。

 

靴が無いと、砂利道は確かに痛い。便利な靴は一見、自分の行動範囲を広げてくれますが、自分の足元をよく見たり、これから歩こうとする道のりを見つめる作業はあまり必要としません。便利だとこうした面倒なこと、苦労はなくなります。

 

しかしながら、不便には工夫と挑戦が必要になる。便利よりもちょっとだけ手間がかかる。手間をかけた分、取り組んだ感触が残る。やった感覚が身体にしっかりと刻まれる。マイナスに見えていたことも、視点を変えてみるとプラスに見えてくるから不思議です。

 

習慣を変えるのは難しそう。そう思うかもしれませんが、その習慣ですら、最初は慣れないことの連続だったはずですし、愉しかったから続けられて習慣になっていったのではないでしょうか。

日々の暮らしに、便利から不便へ愉しんでシフトする。便利デトックスな思考は、はだしランニングのスキル向上にとても役立ちました。

 

まだ、小原へ移住する話題に移れないのですが、そもそも、はだしランニングに出会った当初は、田舎暮らしをあまりイメージしていませんでした。田舎への移住を考えるキッカケは秩父の山中に住む、妻のおばあちゃん(現在 99歳)の暮らしに出会ったから。

 

”足るを知る”暮らし。豊かさの価値観がガラリと変わるできごとが待ち構えていたのでした。

金子潤

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千葉県我孫子市生まれ。中京大学スポーツ科学部助教、早稲田大学大学院人間科学研究科修了、日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー 自らはだしで野山を駆け回...

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