息子からの学び【はだしで野生をとりもどせ!#4】

コラム

前回のコラムはこちら↓

こんにちは、はだしの人金子潤です。

 

冬でも、一日一回水シャワーが習慣になりました。

 

水シャワーのポイントは、冷水が体に触れた時の身体の反応を冷静に観察すること。

冷たい水は、恐怖ですし、身体に力みが生まれます。

それをできるだけ冷静に観察し、呼吸や身体の緊張度の変化を把握する。

私は胸から首、背中が一番不快感を感じるところですが、嫌な部分だからこそ、あえて水を浴びることで自身の身体の反応が見えてくるのです。

 

「肩に力が入って、息が止まる。」

 

こういったいつもの反応を冷静に観察できていると、

肩の力みを抜いて肩が上がらないようにしたり、息を止めないよう声を出す、そんな対策が取れるようになります。

最初は観察するので精一杯かもしれませんが、徐々にいつもの反応をコントロールできるようになります。

 

水を浴びる=寒さ、冷たさのストレス

ストレスを受けた時の身体の反応を知っておくことは、日常生活の中で嫌な出来事に出くわした時にも応用できるようになります。

 

適度なストレスを日々日々、受けてそれと向き合うこと。

水シャワーはそんな心身の調整にオススメです。

 

私の水シャワーを毎日見ているのが5歳の息子。

水を浴びる心得を日頃から伝えているせいか、銭湯で水風呂があると面白がって一緒に入るようになってきました。

最初は足先だけだったのが、徐々に浸かるようになってきて、最近は肩まで入って100数えるほどに。

そのうち水シャワーを親子で一緒に浴びる日も近いかもしれません。

 

 

今回は、私の身体の使い方の先生でもある、息子のお話です。

 

秩父のおばあちゃんの暮らしを知り、いなか暮らしの練習を千葉のマンションで続けていた私たち結婚3年目で待望の第一子を授かりました。

現代医療では定期検診の時に超音波でお腹の中の赤ちゃんの様子が観察できます。

だから、輪郭がある程度見えてきた段階で男か女かは判定できます。

でも私たちはあえて、性別は聞かずに出てきてのお楽しみにしました。

私はなんとなくの直感で最初は女の子かなぁ、と予想して、妻のお腹に毎日「潤子ちゃん」と話しかけていました。

(自分の名前に”子”を付け足しただけ)

話しかけると、すごく激しく蹴飛ばされる感じがあったので、元気な女の子だと思っていましたが、

「僕は男だぞ!」という主張だったのかもしれません。

 

 

子どもが苦手で、友人の子どもの抱っこなんてうまくできず、よく泣かれていた私でした。

そんな状況で父親ってどうやったら良いんだ?と出産前は思っていましたが、

女の子なら万葉(まよ)、男の子なら岳(がく)と名前は最初から決めていました。

万葉は、その当時の移住先の第一希望が奈良県だったことと、自然を感じる響きで、奈良時代の万葉集にちなんで名前を考え出し、岳は、私が山が大好きというシンプルな理由です。

 

2015年3月4日。

助産院での出産に立ち会ったのですが、男ながらにして、なんだか一緒に出産しているような気持ちで手に汗握る大イベントでした。

産まれてきた我が子は元気な男の子。想像していたよりも手足がしっかりと長かったのが印象的でした。

赤ちゃんと言えば、抱っこしてあやすものですが、これがとにかく難しい。

生まれる前からふなっしーのぬいぐるみで練習していたのですが、赤ちゃんの実物を前にするとどうしても肩に力が入ります。

そして、大事そうに扱おうとすればするほど、自分の身体が力む。

最初の3ヶ月くらいは肩こり、背中のはり、ついには手首の腱鞘炎になってしまい、箸が持てなくなるほどに。

 

身体を痛めてようやく気がつきました。

赤ちゃんと私がバラバラに力んでいたんだと。そこで、自分の身体の感覚を赤ちゃんの身体も含めた範囲まで拡張し、一体になるように力みを取りました。

簡単に言うと、肩と首をリラックスするということ。

赤ん坊は私にもたれ、私は赤ん坊にもたれる、相互作用的な感覚。

「この子は今どんな気分なんだろう」

「この子は今から何をしたいのだろう」

赤ちゃんの表情、皮膚の強ばり、呼吸、におい、自分の感覚を総動員して、

私と赤ちゃんの”あいだ”を探るのです。

一体感を意識し始めると手首の腱鞘炎は自然と消えました。

 

はだしで走るときに、”地面と戦わない”

システマでも”リラックス”

 

こういうことはよく言われてきたし、意識をしているつもりでしたが、我が子とふれ合うことでようやく体に落とし込むことができました。

 

引き算の暮らしを実践していた我が家は、子育てグッズも最小限。

一人息子だったのもありますが、ベビーカーは使わずにへこおび、スリングやベビーキャリアを使いました。

また食器やおもちゃもできるだけ昔から使われているものを中心に、便利を追求するグッズは使いませんでした。


へこおび


スリング


ベビーキャリア

 

子育てで気をつけていたのは

親の気質を受け継がせないこと。

冒頭の水シャワーにも通づるのですが、自分の親の言動って知らず知らずのうちに真似しちゃってますよね。

でもこれって、遺伝というよりは環境かと。日々の繰り返しで性格は出来上がると考えて、

私の両親の性格的なところで、息子に受け継いで欲しくない部分は私の代でストップできるように、

情緒面で反射的な反応が出そうな場面で一息つくことを心がけました。

いつもうまくできるわけではありませんが、感情的になることはできるだけ避けました。

イライラしたときは、フーッと一息つくこと。

自分自身をよく見る時間を作るようにすること。

 

こうした心がけは、私自身の性格を次第に変えていきました。

父親って、どうやったら父親になれるのか、悩みながらも

オヤジの背中を見せる、いつも背中を見られていることは意識しています。

 

人間性というか、気持ちの面でものすごく私を変えてくれた息子ですが、動きの面でもこれ以上ないお手本でした。

 

トレーナー業界ではその頃、コアトレーニング、ファンクショナルトレーニング、DNSなど動きのトレーニングが流行っていました。

中でもDNSは発達段階を再学習しながら、身体の動きを修正していくもの。

寝返り、ハイハイ、しゃがむ、立ち上がるといった、幼児期の動きの基本に立ち返りながらトレーニング指導をしていました。

そういった、トレーニング法の講習会に参加して頭でコツをわかっていたつもりでしたが、

実際に息子の動きを観察していると、理屈で理解していたものとは全く別物でした。

 

一言で言えば

Don’t think feel!

大人になると、動くためにあれこれ動かし方を考えて動くことが多いのですが、

これはガチガチの動きですし、遅れが出ます。

例えるなら、歩くために、歩き方を考えて歩くということ。

でも、動物としての動きは、目的は別のところにあって、動かし方を考えるのではなく、軸(頭の位置)は保ちながらもリラックスして

重力と姿勢の状況から最短ルートを辿って動く。

 

動きたいから動く。

 

これははだしで走ることの大きなヒントになりました。

 

この頃は近所の公園のアスファルトのランニングコースをよく走っていましたが、5キロくらいで血豆ができていました。

それが、息子と一緒に寝返りしたり、ハイハイしたりするうちに徐々に背骨を緩める感覚が掴めるようになり、

10-20キロ走っても血豆ができなくなりました。

 

考えて動くことを手放す。野生への一歩は息子が教えてくれました。

 

ベランダ菜園、電化製品の見直しなど、不便をたのしむ生活にシフトしていった私たち、都会でできる田舎暮らしの練習をしながら次へのステップへ向けて準備を整えていきました。

そして、妻の仕事も出産と同時にテレワークになり、場所を選ばない働き方ができるようになりました。

 

子どもが産まれたら3年以内に関東から出て、

自然の中で子育てをし、はだしをさらに突き詰めよう!そんな思いが現実のものとなってきたのです。

 

 

 

金子潤

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千葉県我孫子市生まれ。中京大学スポーツ科学部助教、早稲田大学大学院人間科学研究科修了、日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー 自らはだしで野山を駆け回...

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