科学的な性の知識をすべての人に。10年で300回の講座をする西田さんのブレない想いとは

インタビュー

「性の科学と健康講座」で、親子に向けてかたりべをしている西田久代さん。

「いったいどんなこと伝えるんだろう?」とやや緊張した面持ちで参加した保護者も、講座のあとには「大人の自分が参加できて良かった」とすっきりした笑顔で帰っていくのが印象的だ。 西田さんは、どんなことを講座で伝えているのか?そのエッセンスを伺った。

 

性の話を通して伝えたい「自分を大切にすること」

 

「性の科学と健康講座」で西田さんは、まず絵本を紹介する。小学校低学年向けの絵本は、山本直英作『おちんちんのえほん』 だ。この絵本には、身体のことだけでなくプライベートゾーンのことや身を守ることなど幅広い内容が盛り込まれている。

講座では、幅広い内容をぎゅっと凝縮して伝えている。身体の動きも交え、子どもたちに楽しく伝わるような工夫がたくさん。「最初の絵本には、なんて書いてあったかな?」など西田さんの気さくな問いかけに応える子どもたちの元気な声も聞こえてくる。

 

性のかたりべとして伝えたいことのひとつは、「科学として身体を知ること」だ。頭、肩、足などと同じように、子宮、精巣、ワギナ、ペニスなど生殖器の名前を知ることで、自分の身体全体を 大切に感じ、健康や安全を保つことにつながると考えているからだ。

 

講座には3歳くらいから参加するのをおすすめしている。3歳というのはひとつの目安で、言葉で コミュニケーションがとれれば、話を聞いて心に残ったことを何かひとつでも持ち帰ることができると感じているからだ。親子の信頼関係を高めていくため、親も一緒に参加してもらっている。成長するにつれ必要な情報も変わってくるため、小学校高学年や中学生に合わせた内容の講座も開催している。

 

 

「今の社会では、コンビニの雑誌のコーナーで見かけるなどポルノの知識が入ってくる機会はあちこちにありますし、インターネットを通していくらでも情報が入ってきます。性のことや生殖器を恥ずかしいものだという感覚がない、小さいお子さんこそ性の話をぜひ親子で聞いてほしいなと思っています」と西田さんは話す。

講座では、身体の構造や成長すると起こる身体の変化、身体の洗い方や健康に過ごすための方法、自分の身を守るために必要なこと、命がどのように誕生するか、人と人が豊かに関係を作っていくのに大切なこと、など多岐にわたる話をしている。

「自分の感覚を大切にしていいんだよ」ということも伝えている。「『いいよ』じゃなかったら逃げてもいい しNOと言ってもいい」と子どもたちに話し、「『いいよ』じゃない気持ちには実はいろいろな感覚がある」と、さらに丁寧に伝えている。

例えば、周囲の大人や親が子どもの頭をなでたり、身体に触れたり、からかったりすることがある かもしれない。もしかしたら相手は大人だけじゃなく、同級生やきょうだいなどの子どものこともあるかもしれない。そういったときに心の中で、「びっくりした」、「困ったな」、「気持ち悪い」といった気持ちがあったら、それは「いや」だと言ってもいいし、逃げてもいいんだよ、ということを講座で伝えている。

西田さんがそういった話をする背景には、今の日本で起きている性被害の現状がある。加害者は顔見知りや、大人ではなく同級生などのケースもある。また、死に物狂いで抵抗しなければ裁判でも性的同意があったとみなされるケースが多くあり、13歳以上はその同意の判断が自分でできるとされているそうだ。

そのため子どもたちが性犯罪に巻き込まれても加害者が罪を問われなかったり、被害にあっても 誰にも相談できず事実が隠されてしまったりするケースが相次いでいる。そんな状況下で、子どもたちが身を守るためにも「自分を大切にする感覚」や「正しい知識」を身につけていること、何か あったときに相談しやすいような「風通しのよい関係性づくり」を西田さんは大切に考えている。

 

科学的な性の知識をすべての人に

 

子どもたちが科学的な性の知識を身につける機会は今とても限られているそうだ。学校教育のなか で性教育はわずかな時間しかなく、扱える内容にも制限があり、社会全体としてもまだ「恥ずかしいもの」、「子どもに教えてはいけないもの」といった認識が根強くあることを西田さんは感じている。

本来、性の知識を学ぶことは、子どもたちだけでなくすべての人が「生涯にわたって安心し て、幸せに、健康に一生を過ごすため」に必要なことだと考えている。誰もが生涯にわたって、身体的、精神的にさまざまな性の変化を経験する。性被害にあうのは女性だけでなく男性のこともあり、子どもだけでなく80代を超えても、すべての年代で被害の報告があるのだそうだ。

また、講座で伝えている「自分の感覚を大切にすること」は、「他者の感覚も同じように尊重すること」につながっていく。多様な性や家族の在り方、生き方があることにも講座の中で触れている。 「大人になるまでこんなことを学んだことがなかった。子どものためというより自分に必要な学びだった」、「人権教育だと感じた」という感想も保護者から寄せられている。

 

子育て中の講座がきっかけでかたりべに

 

大学卒業後、看護師、助産師として長く病院や産院で働き、たくさんのお産の現場にも携わってき た。その経験から性のかたりべをするようになったと思われがちだが、実は「活動を始めたのは本当にたまたまで…」と笑う。

現在高校生のお子さんが3歳くらいの時に、友人から誘われたイベントに訪れた。そこで「勇気づけの子育て陽だまりの会」代表の斎藤美紀さんに出会ったのがきっかけだった。そこでメグ・ヒックリングさんの性の健康講座を知り、「いいなあ」と感じたのだそうだ。

メグさんが性を「科学のこと」として伝えていたところが、革新的に感じた。

西田さんはその後も学びを続け、自らもかたりべとして活動を始めた。最初は自宅を会場に回覧板で告知して、毎月1回のお話会から始めた。誰も参加がない回もあったそうだが、続けていくうちに参加したお母さんが仲間を集めて主催し、またその参加者の方がまた別の地域で主催し…と広がっていった。

 

「かたりべとして活動していくなかで、豊田市の団体『ラヴィ ド ファム』さんや、いろいろな方のご協力がたくさんあって今のスタイルになりました。とても感謝しています」

最近は、お母さんたちに呼ばれて市内のあちこちで講座を開催するほか、小中学校の授業の 一環で子どもたちに話したり、支援者向けに話したりすることもある。豊田市内では、豊南地区の「にじのかい」というお母さんたちのグループが精力的に活動していて、積極的に西田さんを招いてお話会を開催したり、こども園や小中学校に働きかけたりしている。その影響で他の地域でもお母さんたちのグループが生まれるなど、活動が大きく広がっている。

豊南地区のお母さんグループ「にじのかい」のメンバーと

 

自分がいちばん癒されている

 

活動を続けている原動力は何ですか?とたずねると、意外な答えが返ってきた。

「子どもたちとのやりとりを毎回楽しみにしているのもありますが、実はかたりべである自分自身がいちばん癒されているのではないかなと思っています」

「自分の感覚を大切にしていい」と講座で話しているフレーズ。それをいちばん多く聞いているの は自分自身。講座を重ねるごとに「自分を押し殺していた過去の自分自身が癒されていっているのかもしれない」と西田さんは感じている。

また、ひとりの親として、この活動のおかげで自分の子育てがすごく楽だなという実感をした経験が何度もあるという。とりわけ深く実感したのは、「離婚を経験したとき」だと明かす。 離婚を考えている理由や夫婦のこと、どんなことを大切にしたいと思っているかを子どもたちと話した。その際の親子のコミュニケーションがとてもスムーズで、「風通しのよい親子関係」ってこんな に楽なのか!と深く実感したことがあり、活動を続ける原動力につながっているそうだ。

 

風通しの良い関係性を増やしたい

 

「実は、講師をしていると、自分の子どもは講座を聞いてくれないという矛盾があって…」と苦笑いする西田さん。普段から意識して伝えるようにしていたけれど、ちゃんと伝わっているのだろうかと思うこともあったそうだ。少し前に高校生の娘さんとの何気ない会話をきっかけに、一緒にコンドームを実際に見ながら、何のためのもので、どう使うのかなど親子で話をした。

「お付き合いで大切にしたいことなども娘の口からさらりと聞けて。ちゃんと伝わってた、良かった、とホッとしました」と軽やかに話す。

「風通しのよいコミュニケーション」というと、なんでもかんでも話せなければならないと思われがちだが、「話したくないことは話したくないよ、と伝えてもいい」と考えている。例えば夫婦のことや個 人的なことなどを子どもに質問されても「それは答えたくないよ」と伝えてもいいし、話しにくいと感じる時は「久ちゃん、なんて言ってたっけ?」と子どもと一緒に考えるきっかけに講座を利用してもらってもいいと思っている。

「大切なことは、知識というより関係性」と西田さん。

「子どもにとって性の話ができる相手が親でなければならないということではなく、信頼して話せる存在が他にもいれば、なお安心です」 と加えた。

その新しい試みとして、「にじのかい」が主催する「伝える人育成講座」で講師を始めたそうだ。

「私は助産師ですが、性を伝える人は助産師でなくてもいいと思っています。内容や伝え方もかたりべそれぞれに違いがあったほうが、子どもたちに伝わる機会がより増えます。豊田にも全国にも、まだ数は多くないけれど様々な講師がすでに活動されているので、いろんなスタイルのお話をぜひ聞いてみてほしいです。そして、お子さんが受け取りやすいストーリー、家族で使いやすい伝え方に出会ってくれるとうれしいです」

 

各地に伝える人を育てることは、安心して相談できたり、支え合ったりできる風通しの良いコミュニティがあちこちに広がることにもなる。そんな社会に向けて、ひとつひとつの活動が大きくつながっている。

 

西田久代(にしだ・ひさよ)大学卒業後から、助産師・看護師として病院での勤務やお産の現場に携わる。 2018年、岡崎市から豊田市の山間地域である旭地区に移住し、2019年「旭の森助産院」を開業。
「性の科学と健康講座」で親子に向けた性のかたりべとしても豊田市内外の各地で活躍中。 高校生と中学生のふたりの娘さんのお母さんでもある。https://www.asahi-womancare.com/

戸田育代

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豊田市の山村地域に夫婦で移住して11年。4人の子育て中。子どもたちと、野山や田んぼの広がるご近所を散歩することが好き。子どもの頃に海外に住んだことがきっかけ...

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撮影 永田 ゆか

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静岡県静岡市生まれ。 1997年から長久手市にあるフォトスタジオで11年間務める。 2008年フリーランスとして豊田市へ住まいを移す。 “貴方のおかげで私が...

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