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ガラ紡でつむぐ里山の価値|おじいちゃん、おばあちゃん、わたしもガラ紡やります!第6回

コラム

 

コラムは今回が最後。松平での私の活動とともに、ガラ紡で紡ぎたい価値を紹介して、締めくくります。

 

「畑をやってくれないか」

 

私がお借りしている畑のご夫妻は、すでに80代後半。お二人とも杖や手押し車が欠かせません。土とともに生きていて、畑の季節には毎日のように作業をされていました。ご自宅は小高い場所にあり、畑へ下りるのも一苦労。イノシシやカラスの被害をうけて落胆する姿を何度もみかけました。そのためでしょうか、作業量を年々減らされていました。3年前には「もう来年からは畑はやらん。もう1枚、畑をつかってくれ。このままにしておくのはつらくてなぁ」とお声がかかりました。

松平でも耕作放棄地をみかけます。竹が生えてくるようになると鳥獣被害がふえ、里山としての機能を維持するのが難しくなります。そんな思いから、ご夫妻の畑を快くお借りすることしました。

 

畑は、先人のみなさんが長く工夫や改良を重ねて、作物を育てていたとわかります。土手は石で組まれて崩れないようになっています。畔も水路も丁寧につくられています。当時の苦労がしのばれます。

 

私は自然の循環を大事にした畑づくりをしています。周辺に山のようにある落ち葉で腐葉土をつくり、近くのライスセンターからいただくもみ殻を土壌改良に活用しています。刈った草はマルチ代わりになります。

 

畑作業中には声をよくかけられます。交流の場にもなります。畑作業の手伝いにきてくれた友人たちは、土を触ることそのものが新鮮なようです。

 

先人のみなさんに感謝して畑を耕し、里山の風景を守っていきたいです。

 

カエル谷 いのちを学ぶ

 

家の近くには「カエル谷」と呼ばれる水辺があります。「自然再生NPO カエルの分校」のグループが維持管理をしています。カエルの分校は1989年から活動が始まり、豊田市松平地区はじめ、かつての田んぼを生きものたちが絶えないように水辺として再生しています。私もその一人に加えていただきました。毎週月曜日が作業日です。

 

カエル谷には、地元小学生が毎年遊びにきます。夏と冬にはカエル谷主催で観察会を行っています。生きものとかかわりを学ぶ貴重な場所です。分校のみなさんは高齢となっています。今後の担い手を心配されています。貴重な生きものとふれる水辺を今後どう維持していくのか。私も模索しています。

松平大給の里のシンボル大給(おぎゅう)城址。徳川家のルーツである松平郷の、国指定史跡のひとつです。山城ファン、里山愛好者、ロッククライマーが全国から訪ねます。休日はとてもにぎやかです。

 

頂上からは名古屋まで見通せます。雑木林や紅葉はとても美しい。しかし、大型台風がくると倒木が多数発生します。枯れた竹林があり、日差しが入りにくい場所もあります。地元自治区の年2回の草刈りでは、整備に手が回りません。行政に依頼するのが筋なのでしょうが、追いつかないようです。

そこで大給城址を愛する方々とつながり、倒木や枯れ竹を片づけています。「大給城址のふもとに住むものとして何かできないか」という、いてもたってもいられない想いからです。3年前から年2回作業しています。SNSの呼びかけですが、「大給城址の岩にいつも登らせてもらっているので、お手伝いをしたい」というロッククライマーや、「埋もれた石垣をきれいにしたい」という山城ファンが、遠くから参加します。

 

そんなつながりから発展して、ボルダリング体験を地元小学生に行うまでになりました。ロッククライマーのアドバイスをうけながら、本格的に岩登りに小学生も保護者もチャレンジします。

 

このような活動を積み重ねていくことが、今後の里山モデルに思えます。

ただ、どこの観光地でも同じ悩みを聞きますが、駐車問題やゴミ放置は私も心配しています。地元住民と大給城址を訪ねる方々と良好な関係を築けるように橋渡しをするのが、私の役割です。

 

松平こどもサークル かのこ

 

昨年「松平こどもサークル かのこ」が始まりました。私もスタッフとしてかかわっています。学校へ行きづらくなっているこどもたちの、平日の居場所づくりです。「この自分で大丈夫だと思えること」、「自分のことは自分で決められること」、「お互いによく聴き合うこと」「NO!という表現も安心していえること」を大切にしています。

 

松平地区にある森や、区民館を利用しています。「里山のフリースクール」と私たちはうたっています。安心と対等な関係をベースにして、「こどもたちのやりたいという気持ち」を大事にしています。森のなかで竹や木を伐って楽しんだり、室内でも体いっぱい動かしたりしています。こどもたちから学ぶことが多く、大人の役割について考えさせられます。スタッフのチームワークにも励まされています。

 

豊田市では、不登校数は小中学校合わせて600人をこえているそうです(年間30日以上休んだ児童。その日数以下は把握されていない)。かのこには、参加や問い合わせも増えています。私たちはボランティアで運営をしています。今後、居場所づくりはますます必要とされてきます。それぞれの地域で居場所づくりが広がるよう願っていますが、まずは松平でできることを進めています。

 

 

 

「自」の漢字の価値があちこちで

 

松平地区の大給城周辺にはオリジナリティあふれる活動がほかにも行われています。

 

ローカルメディア縁側で連載された、野外保育とよた森のたまごが、私の家から歩いて10分ほどです。家のすぐ裏では竹炭工房があり、トヨタOBのみなさんが炭づくりをされています。滝川ふれあい工房が国道301号線沿いにあり、自治区のベテランのみなさんが薬草入りの五平餅でもてなしをしています。

 

里山を愛する方々の、豊かな活動に驚きます。「私たちの活動は引き継がれるのだろうか」という悩みをききますが、かのこや森のたまごのように、これから歴史が刻み込まれる活動もあります。

 

それぞれの活動に共通していることがあります。里山をベースにして「自分たちで活動をすすめていく」という自治の精神です。「自然、自給、自立、自治、自信」など、里山の活動は「自」という漢字の価値があふれています。地元に住むものとして、みなさんの活動を支えることが私の役割です。

 

ガラ紡で紡ぐ里山の価値

 

ガラ紡は、明治時代から100年以上紡がれてきました。いったん松平では途切れたものの、価値が見直され、再び紡がれようとしています。ガラ紡糸が綿々と続く歴史の経糸(たていと)とするならば、緯糸(よこいと)は、里山でつみ重ねられてきた思い、そしてこれから展開していく里山の未来です。

 

徳川家のルーツである松平での私の活動は、長い歴史からみればほんのわずか。困難にぶちあたることもあります。しかし、100年を超えるガラ紡の歴史とともに紡がれた里山の価値を大事にして営めば、乗り越えられると信じています。つながりを結び目として、布や紐となって美しく織ったり、組んだりしていきたいです。

移住してきた私たちを支えてくださる地元のみなさん。松平に縁をもたらした祖父母をはじめ先人のみなさん。そして、私の思いにこたえて、一緒に暮らす家族には感謝でいっぱいです。

最後に、私が転機をむかえるなか、コラムの機会をいただいたローカルメディア縁側にお礼を申し上げます。
きうら編集長、ありがとうございます!

 

野々山大輔

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1971年生まれ。2014年に名古屋から松平地区へ移住。明治時代より続いたガラ紡工場の孫(工場は2000年に廃業)。大給城址のふもとで里山暮らしをしつつ、ブ...

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