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たばこ屋商店・小澤さんに聞く【コロナ、みんなの現時点#4】いつものあの人のため、ちゃんとやる。

インタビュー

愛知県に緊急事態宣言が出たのが4月10日。豊田市での感染者数は、8月18日には160人を超えた。コロナウィルスに影響を受けた状況・受け止め方は刻一刻と変わっていくに違いない。だからこそ時間的流れのなかでの今、【現時点】を記録しておきたい。豊田市で暮らし、働く皆さんにお話しを伺いました。

小澤 辰王(おざわ・たつおう)1955年生まれ。家業の「たばこ屋商店」店主。自家製でいつも揚げたての「ふつうのコロッケ」が看板商品。地元のお母さん方がつくる惣菜は「稲武のおふくろの味」としてまちの人に愛され続けている。稲武商工会理事、いなぶ観光協会理事、ねこちゃんカード会・会長、武節町自治区役員など、多くの役職を兼務し、地域の商工や観光振興、まちづくりに尽力。1998年設立の「稲武太鼓クラブ」では代表を務め、地域にある神社の伝統的な「廻り太鼓」の演奏法の保存・継承を担い、稲武小学校での太鼓指導も行っている。

 


たばこ屋ではなく、総合食料品店

 

―お店のことやお仕事について教えていただけますか。

この店は、おれが小学生ぐらいのときまでは米屋だったんですよ。それから親父とお袋が肉屋を始めて。おれが跡を継いでから、「野菜ぐらい置いてみるか」とやってるうちにだんだん品数が増えて。

 

30年前に店を建て替えたことをきっかけに、総合食料品店にしたんですね。「たばこ屋」という屋号は、米屋をやっていた以前にタバコの葉を刻む仕事を生業にしていたことに由来してるんだ。いまタバコは売ってないんだけどね。店員さんたちにも頑張ってもらってますので続けられています。

 

帰省したら食べたくなる「いなぶの味」

 

―お惣菜がたくさん並んでいますね。何が一番人気ですか?

ほとんど手作りですし、何食べてもおいしいよ。コロッケもだけど唐揚げが人気あります。稲武から出て行った子供らも、帰ってくると寄ってくれるもん。たばこ屋さんの唐揚げが食べたい、とか言ってね。

 

あとはエビフライが高いのによく売れる。やっぱり愛知県の人はエビフライが好きなんだね。冷凍食品みたいな厚い衣着てないもんで結構エビエビしていますよ。店員のお母さんたちが上手に作ってくれる。みんなが「いなぶの味」だって言ってくれるね。ありがたいことで楽しくやってますよ。

 

負担増えても、生活を守る砦として

 

―コロナで受けた影響にはどのようなことがありますか?

コロナでみんなが外へ買い物に行けなくなっちゃったので、お店は忙しくなったよ。お年寄りの方が多いから、注文が結構多くなってね。その代わりに、野外教育センター(稲武にある名古屋市の野外教育施設)に食材を卸す仕事は、センターが閉鎖になった影響で減ってますけどね。

 

全体的に仕事は増えましたけど、売り上げは落ちてます。気分的に負担は増えました。けど変なもの出したくないし、ちゃんとした仕事やりたいから全部応えていきましたよ。あとは、いままでに売れなかったようなものが売れたりして。知らない人がトイレットペーパーなんかいっぱい買っていきましたもん。毎日来てくれるお年寄りの方もいるし、コロナで店を閉めるとかは考えなかったですよ。

 

閉塞感の中の、明るい花火

 

あと、コロナになる前は、いろんな集まりでみんなとしょっちゅう会えてね。「稲武まつり」に向けた太鼓の練習だとかで遊んだりして。いまは自粛で全然ありません。ようは酒を飲むのが好きなんだ。みんなと呑んで、わあわあ言ったり。普通の会のときじゃ本音なんか出ないじゃないですか。田舎は酒呑んだときに本音が出て面白い。それで結構良い方向に話が行く。建前ばかり言ってたってしょうがないですよ。

 

世の中がコロナコロナで元気がないから面白くないね。でも一つ良かったことは、毎年稲武まつりで打ち上げている花火が今年も上がったこと。感染対策や予算のことでまつりの行事はほとんど中止になった。観光協会の理事として、せめて花火だけは上げようって何度も話し合ってね。あのときは非常にうれしかったよ。

 

大事な地域だから、不安がある

 

―地域でさまざまな役職をお務めですね。課題に感じていることはどんなことですか?

ほんとにいかんのは子供がいないことだね。おれが子供のころは武節自治区内だけで同級生が16人いたんだ。いま小学生、中学生合わせても9人。お腹の大きい娘なんてしばらく見たことない。赤ちゃんの泣き声なんて聞かなくなったね。

 

「稲武太鼓クラブ」は、立ち上げのときからずっとやっている。豊田市と合併する前の旧稲武町時代、当時の町長がこのままだと人口が減って地域の神社に伝わる太鼓の演奏法が失われてしまうからって。稲橋、武節、桑原の3つの町から奉納太鼓の代表曲を一曲ずつ出して8月の「稲武まつり」で演奏しています。

 

最初は法被もなければなにもなかった。太鼓もなかったから小学校、中学校のものを借りてきて始めたんだ。でも、段々高齢化と少子化で人が減っちゃって、いま存続が危ない状態かもしれん。後継者についていろんな人に声かけたけど難しい。今年はコロナでまつりもなかったし、練習もまともにできてないね。

これから地域をどうするかって思うのよね。店もいつまで続けられるかわからない。もうおれも歳だし、体が動かなくなってきた。おれがこの商売やめたらもっと面白いことやるのに、とも思うのだけど。もっとみんなで遊ぼうよって。同年代の仲間でも退職して面白いこと始めたのもいるね。農業頑張ってる若い衆も少しずつ増えてきた。ありがたいことです。町中の商店も跡取りが増えてくれるといいんだけどね。

 

―新しく取り組んでいることはありますか?

昼ご飯作れないお年寄りの方への食事をつくっています。豊田市の配食サービスとして。毎回そのメニューをつくる必要があって。だけどそんな仕事したことないから、正直言って全部本です。本のレシピを抜いてお年寄りの方に合うように考えてる。自分自身、料理が好きなんで続けていきたいね。

坂部 友隆

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1984年豊田市生まれ。大学卒業後、東京の住宅関連企業に就職。2015年に地域おこし協力隊として豊田市に採用され、おいでん・さんそんセンターの業務に従事。都...

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