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私、学び、幸せ。ぐるぐるスパイラル|vol.1 田舎で生きる術は『持ちつ持たれつ』の関係性から学ぶ

インタビュー

なりたい私がある。学ぶことで私が新たに作られる。少し幸せに近づいた気がする。そのうちにまた、なりたい私がみえてくる。
「私」「学び」「幸せ」。ぐるぐると螺旋を描くように、3つをくりかえしながら進んでいく。
社会の変化を気にしながらも、自分らしく生きるためのヒントは、このスパイラルにあるのではないか。
そう考えて、「学ぶ人」たちに話を聞くことにしました。

 

豊田市下山地区の羽布町(はぶちょう)でお米と野菜を生産するKINOファーム代表の木下貴晴さん。都市の住民と下山地区とのつながりを生み出す「羽布の里・自給家族」の取り組みや、「週の半分は製造業、半分は農業」という「半農半製造業という新しい働き方の創出」など、中山間地の将来をみすえて精力的にアクションを起こしています。どんな学びから現在地にたどりついたのか。お話をうかがいました。

 

田舎の農業に新しい風を吹き込む

 

―現在の活動を教えてください。

 2018年4月から、米と野菜を生産するKINOファームを始めました。

 米は、最初は自分の食べる分だけの1反でスタートしました。そのうちに次々と「田んぼが空くけど、お前やらんか」と声がかかりました。4年間で2町歩(20反)になり、20倍になってしまいました。1反で始めたころは「2町歩なんて絶対できない」と思っていましたが、やればできるものですね。ただ、米農家だけで採算をとろうと思うと、1人で5町歩はやらないと無理ですね。

米づくりは奥が深く、こだわったらきりがありません。収量よりも、いかにおいしい米をつくるかで、試行錯誤です。完全な有機栽培の田んぼもあるし、化学肥料をいれている田んぼもあります。有機栽培だから、一概にうまくいくわけではないとわかってきました。同じ下山地区内でも、土や水でおいしさが違うようです。

 

自分で苗を育てることもあるのですが、苗箱に稲の種子を密にまくのか荒くするのかから始まります。荒くすれば一本一本の茎が太くなりますが、太ければいいということでもありません。苗の植えつけも、間隔はどのくらいにするか、水の管理は浅くして温度を上げた方がいいのか、深くして雑草対策をした方がいいのか、など。条件をこだわりだしたらきりがありません。しかし、誰がつくっても同じだったら面白くありません。

 

-米と比べて、野菜はいかがですか?

 約5反からスタートして、栽培品種は50種類を超えています。種類の分だけ育て方があります。

あまり手は加えずにとにかく数を収穫するのか、剪定などしっかりしていい野菜に育てるのかで違いがあります。野菜が大変なのは、タイミングですね。「この時期に土寄せをしなくてはいけない」「枝を切らなくてはいけない」というタイミングを逃すと、手が回らずに結局草負けしてしまいます。せっかくできたのに、収穫が遅れて捨てなければならないこともあります。野菜の面白さは収穫にあります。かわいがったら、それなりものができますから。

4年間で野菜の難しさを知り、米の面白さを知りました。

 

―どうして農業を始めようと思ったのですか?

 前の仕事を辞めて次をどうしていこうかと考えていたときに、当時は新規就農がブームでした。ちょうどその頃生き生きと農業を営んでいる方をメディアが特集していて、とても楽しそうに見えました。

うちは兼業農家でしたから、農業ではそんなに儲からないこともわかっていました。でも、うちの周りをみると、今後田んぼを維持していくのは高齢者では難しそうと感じていたので、手助けが必要になってくると考えました。

 

―初めから農業を目指したのですか?

 高校を卒業して、機械メーカーに就職しました。その会社の異動で、半年だけ埼玉県に住んで池袋の事務所まで満員電車で通っていたことがあります。アパート暮らしでしたが、隣の人としゃべらないという暮らしは嫌でしたね。街はなんでもあって便利で刺激的だったけれども、人との関係は薄かったな。

当時導入された携帯電話で24H対応が求められました。いつ呼び出されるかと不安で、心が休まりませんでした。夜中に呼びだされて、お客さんに謝罪することもあり、めちゃめちゃつらかった。自分のせいではないのに、ひたすら謝るという事もあり「もう限界だ」と愛知県に戻りました。

その後は刈谷で建設関係の仕事につきました。現場が名古屋の高層マンションでコンクリート試験の仕事をしましたが、お客さんのために仕事をしているけれども、工業製品、化学製品に囲まれている暮らしになんだか違和感が積み重なってきました。

実家に戻り、「自分は田舎でないと生きていけない体質なんだ」と知りました。

 

―最近特に力を入れている取り組みはありますか?

 ひとつは「羽布の里・自給家族」です。高齢化・過疎化に負けず「米作りをしたい」という中山間地の農家と、安心安全なお米を毎日食べたい」という消費者が直接契約をして、「同じ田んぼの飯を食べることで、ふる里の景色をまもる家族になる」というプロジェクトを来年度からスタートします。クラウドファンディングにもチャレンジしています。

一緒に『羽布の里・自給家族』を進めていく『羽布みのり会』のメンバーと

特に都会の方から反響がありますね。口コミで広がる手ごたえがあります。自給家族が目指すのは、単なるお米の売り買いだけではありません。下山地区の良さを知ってもらい、関係人口を増やしていくこと。街の人とのつながりの効果を期待しています。

一方では地元では「えっ、米って1俵(60キロ)がどうして3万円で売れるの? どうして成り立つのかが理解できない」と聞かれます。もっと、地元に説明をする必要がありますね。

 

―その他にもありますか?

 「半農半X」という新しい働き方のチャレンジを(株)富士産機さんと行っています。週半分は富士産機さんの製造業務、もう週半分はKINOファームで農作業をするという『半農半製造業』の働き方です。中山間地の農業の担い手を増やすことにつながりますし、働いている方からすれば雇用の安定にもなります。

半農半Xの働き方は、富士産機の鈴木聖人(すずきまさと)さんの情熱なしに実現ができませんでした。自分一人では難しい課題も、ご縁があって取り組めます。今回応募してくれたひとりは、まだ20代です。下山に遊びにきてくれていて、田舎に暮らしたいという気持ちをきいていました。応募してくれてびっくりしています。

左が富士産機株式会社の鈴木聖人さん

 

「学び」は人とのつながりから

 

―農業をなりわいとして選ぶまでに、どんな出会いと学びがありましたか?

 農業研修の受け入れ先を探してインターネットを検索していたら、松平地区の松本自然農園で研修できると知りました。問い合わせたところ受け入れOK。自分の気持ちが盛り上がったタイミングと研修先での実習がちょうど重なり、応募しました。

2017年4月から1年通い、同期がひとりいて松本さんと3人で農作業をしました。種まきから収穫まで、畝幅、肥料、種芋を植える向きなど、50種類ぐらいの野菜について、理屈もノウハウも教えてもらいました。その都度手書きのメモを残しました。

松本さんの努力がすごい。お客さんには野菜の内容について詳しく案内をしています。ユーチューブでも、野菜の特徴や農家にとって役に立つ内容を配信しているから、「愛知県 有機農業」というキーワード検索でヒットして、さらにつながりが生まれるのでしょうね。この出会いと学びは大きいものになりました。

 

―田舎で暮らすことについての学びは?

 豊森なりわい塾(以下、豊森)で6期生として2016年度に学びました。当時、下山地区の定住委員会の部会に入っていて、街の人の気持ちが知りたかったんです。

田舎の不便さがよいと感じている人がいることを知りました。「こんな田舎にどうせきてくれないから」と街のように便利になろうとせず、格好つけなくてもよいと気づきました。講座の中で「山の手入れは山に対する作法」「生きる=働くということ」。この2つが特に心に響きました。田舎に住んでいると「当たり前」にみえる景色も、その価値を具体的に学んだことが大きかったです。

左から2番目が木下さん

 

2017年3月の豊森卒塾時のレポート「X年後の自分」に、7年後の50歳で「地域で頼られる存在」と書きました。今は48歳。最近も「もうすぐ50歳だなぁ」と思って仕事をしています。地域で頼まれごとがあったら、なんでもすぐに対応できる人材になろうと想像していました。その当時からイメージすると、もっと頼られているつもりだったけど、まだまだ経験が足りないなぁ。農業では、耕作依頼が増えて面積が広がっているので、頼られつつあるかなと思っています。

 

-他には、どんな学びがありましたか?

 地元の方々から学ぶ機会が多いです。農業は決まった型がありません。草刈りをどう楽にするのかとか、この機械は調子いいぞなどの情報交換も行っています。農機具屋さんにいくと売りたいものをおすすめされますが、田舎の近所からは使う人の立場からの話が聞けます。

田舎に住んでいると、いろいろやることがあります。たとえば、炭焼きを地元の方々と一緒にすることで方法を覚えたり、観光業のお手伝いもしています。田舎では土建や大工など、一芸に秀でた人が結構います。「ここに小屋を建てたいな」というときには大工さんに頼んだり、「ちょっと土が掘りたいな」というときには、ユンボを扱える土建屋さんにお願いしたり。そんなネットワーク環境づくりが何より大事です。

困ったときには誰かに頼む、その人から頼まれれば答えていくというのが、田舎で楽しく生きていくための一番大事なことです。お互いさまになるように「持ちつ持たれつ」の関係が必要です。自分が困ったときには助けを頼むけど、相手の頼みは断るということをやっていたら「あいつには頼みたくない」ということになりますから。結局、結(ゆい)と呼ばれるネットワークづくりなんです。

森林組合で働いていたことがあるので、昨日も大きな木を伐ることを頼まれました。その場合に「1時間3000円ね」ということはしません。「じゃあまた今度ビールを飲ませてくれたらいいよ」という、『お互い様』の世界ですね。この感覚は、都会の人には難しいかもしれない。自然としみついて、これが日常なので、苦にはなりません。

 

次は仕事を生み出す学びとつながりを

 

-次のX年後はどこに照準をあてていますか?

60歳かなぁ。その頃は組長をやっているかなぁ。地域で頼られていて、もっと田んぼは広がっているはず。このあたり一帯を今以上に頑張っている予定です。そして、街とのつながりを育てるパイプ役になれていたらいいなぁと思っています。

その前に、次の目標として法人を立ち上げたい。自分が現場で先頭にいるというよりは、若い人の仕事づくりを目標にしています。農業だけでは食べていけないので、柔軟にいろいろやれるようにしたいという妄想をしています。若者が生活する場として、田舎が選びたくなるような受け皿を作りたいですね。

そのためには、経営や雇用やマネジメントも学ぶ必要があります。半農半Xの求人で富士産機の鈴木さんを通して、(一社)豊田青年会議所(JC)と出会ったのは大きいですね。困ったときに相談できる関係もできました。

 

―木下さんの学びは、人との出会いにあるのですね。

農業関係の本を読むことはあっても、誰かの本を読んで学ぶことはあまりありません。本当はもっと本を読まないと、と思っているんですが、今は人との関係で学んでいます。ネットワークを広げて、「田舎暮らしはいいよね」といってもらえるように。そして、街ほどお金は必要ではありませんが、稼ぎのスキルを周りの人たちから学びたいですね。

 

木下貴晴(きのしたたかはる)さん|愛知県豊田市の下山地区(旧下山村)にて中山間地営農を営むKINOファーム代表。サラリーマン等の経験を経た後、4年前に農家に転職。現在水稲を2ヘクタール、露地野菜を0.5ヘクタールほど栽培している。大変な田舎の農業に苦労しながらも、ふるさとの美しい風景を守る為に日々奮闘中。「食べておいしく、からだにやさしい」作物づくりがモットー。

おぎゅうびと

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働くものの立場から、暮らしや労働、人とのつながり、地域づくりについて向き合ってきた。現在は、山村地域のなりわい、自給やエネルギー問題に関心をもつ。自らも畑を...

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