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釣り人が魚を育てて漁協のピンチを救う?組合長安藤さん×ヨソモノから組合員になった田中さん対談

インタビュー

【この記事の取材は2020年1月に行っています】

岩にぶつかるように、うねりながら絶え間なく流れる透明な水。目を凝らせばキラキラと 輝きながら泳ぎ回る魚たち。広い空の下、聞こえてくるのは、「ザー」という音と、木々のざわめき。

豊田市旭地区、田津原町を流れる段戸川のこんな自然に、魅せられている人たちがいる。今回、対談をお願いした名倉川漁業協同組合(以下、名倉川漁協)の安藤恭三組合長と、同組合の准組合員であり、東海スポーツフィッシングクラブ代表の田中五月さん。そして、釣り人の皆さんだ。

段戸川の環境を管理し守ってきた名倉川漁協は、近年課題に直面している。組合員の減少、 高齢化、稚魚等の価格高騰による赤字経営。このままいけば、廃業という事態も免れない。

そこに現れたのが、田中さんだった。名倉川漁協は、彼の提案を元に、発眼卵放流という方法で魚を増やし、2019年にキャッチアンドリリース区間をオープン、密漁者を通報する釣り人団体「段戸川倶楽部」を組織した。「名古屋から1時間で行ける場所に 美しいアマゴが10匹釣れるエリア」を目指し、「釣り人と一緒になって川を守る」方向 に舵を切った。

今回取材をさせていただくにあたり、段戸川のほとりで撮影をさせてほしいと頼んだ。川原に行くには、急な斜面を下りなければならず、頭の中で私は少し後悔した。

そんな私を横目に、田中さんは暖を取るためのスウェーデントーチとして使う丸太を軽々と持ち、 慣れた様子で下っていく。安藤組合長はというと、60代とは思えない健脚さ。どこに持っていたのか気付けば鉈を片手に持ち、丸太に着火するための材料を周辺から見つけ、力強く叩き割っている。どれだけ常日頃から川に親しんでいるか、見せつけられた気がした。

そんなお二人の対談から、つながりを活かし、新しい未来へと向かう名倉川漁協の姿に迫りたい。

安藤恭三(あんどうたかみ) 矢作川水系名倉川漁業協同組合組合長。愛知県内水面漁業協同組合連合会理事。1952 年生、足助地区連谷町生まれ。中学卒業後、大工になる。住まいを移し、名古屋市内で事業を立ち上げた後、実家に戻り地元で事業を再開。幼い頃慣れ親しんだ川を次世代につな ぎたいと組合長を引き受け10年目。

田中五月(たなかさつき) 長崎県出身。九州大学大学院工学研究科卒業。1977年生まれ。システムコンサルティング、 会計システム・保守の経験を経て、現在は名古屋市天白区に拠点を置く株式会社creatoで 最高執行責任者を務める。東海スポーツフィッシングクラブ代表。

photo:佐伯朋美

 

ずっと川を守ってきた漁協のピンチ

安藤さん 川は海と比べ、範囲が狭く魚の数も限られているため、資源が枯渇しやすい。 例えばモラルのない釣り人が好きなだけ釣ってしまえば、川から魚がいなくなることもあり得ます。そうならないために、漁協は水産庁が定める漁業法の規定に従って免許を受け、 アユやアマゴなどの対象魚種の増殖義務を負っています。簡単に言えば、川から魚がいなくならないように、放流などをするのが役割です。

名倉川漁協は、他の漁協と同様、組合員が払った賦課金を元手に成魚などを購入し、放流活動をしています。そして遊漁券を釣り人に販売し、その収入を漁協の運営にあてています。組合員には、2種類あります。主に足助や稲武に住んでいる正組合員と、岡崎や名古屋に住んでいる准組合員がいて、昔は1000人くらいでしたが、今は450人くらいに減ってしまった。

組合員は、賦課金を支払う代わりに年券がもらえて釣りができるんだけれど、今は釣りをしなくなる人も増えてきて、辞める人も多いです。組合員からの賦課金が少なくなるのに加えて、近年発生したアユの病気のために稚魚の価格が高騰していて、赤字経営も続いています。

 

よそものを受け入れる選択

田中さん 僕は川での釣りが大好きです。日本の魚ってきれいなんですよ。そして魚たちが住む川は青くて透明。日本列島には背骨のように山脈が走っていて、川は日本海、太平洋に向かって短い距離を速く流れています。だから透明度が高いんです。国土が広いと流 れる川幅も広くなるので、海外では日本のような川は源流部に行かない限りめったに見ることができません。

段戸川で釣れるアマゴ

テンカラという毛針を使う釣りを始めた頃、全然釣れなかったんです。技術の未熟さも あったかもしれませんが、そもそも魚が少ないことが気になりました。一般社団法人 ClearWaterProjectという川に関する事業を行う団体に所属していることもあり、高齢化 などで漁協さんの運営が厳しいことを耳にしていました。そこで、きれいな川でいつまでも釣りができるように、釣り人も何か一緒にできないかと考えたんです。

テンカラで使う毛針

漁協に入って、釣り人が役割を果たせるような仕組みを作りたい。そこで門を叩いたのが、以前仕事でご縁のあった名倉川漁協でした。准組合員になり、総会に出席させてもらったのが、2017年3月のことでした。

安藤さん 田中くんが最初に来たときは、なかなかのインパクトだったよ(笑)「新しく准組合になった田中というものです。今年の秋、発眼卵放流をやらせてもらえませんか?」って発言して皆がどよめいていた。

田中さん 発眼卵放流は、眼ができて安定した状態の卵を川底に埋めて放流するという方法です。稚魚や成魚などの放流に比べて安い値段できれいな魚を増やすのに適しています。 ゆくゆくは釣り人も巻き込んで、「名古屋から1時間の段戸川を美しいアマゴが10匹釣れ るエリアにすること」を実現できたらと提案しました。

もちろん、無理を承知で発言しました。どこの馬の骨かわからないやつが、突然来てそんなことを言っても受け入れてもらうのは難しいだろうと…。

安藤さん 組合員からは「名古屋に住んでいるのに何を言っているんだ!」とか「若いやつが言っているんだからやらせてやれ!」とか、賛否両論渦巻いてざわざわしていたね。

田中さん そこで安藤組合長が「まずはやってみよう!」とゴーサインを出してくれたんです。ありがたかったですね。

安藤さん 今までのやり方を続けているだけでは、経営的にも厳しくてつぶれてしまう。 危機感があったので、田中くんの提案を受け入れてみようと決めました。

 

釣りを楽しむ釣り人に川を守ってもらう

田中さん 組合長と相談し、2017年・2018年のそれぞれ11月に「愛知県で“釣れる川”を 一緒に作ってくれる釣り人を募集します」と案内してアマゴの発眼卵放流を行いました。

安藤さん 2018年の時には釣り人6名が参加してくれたおかげで、35箱に入った4万粒を1時間くらいで川の中に埋めることができました。

2017年の発眼卵放流の様子

田中さん 初めての試みだったので不安でしたが、卵は順調に孵化し稚魚になりました。 漁協と釣り人が一緒に川を守っていくモデルとして、段戸川にそれらの稚魚を放ち、2019 年3月に愛知県初のキャッチアンドリリース(以下、C&R)区間をオープンしました。 C&Rは、釣りをしない人にはなじみがないかもしれませんが、釣った(キャッチ)魚を生かしたまま川に戻す(リリース)釣りの仕方です。

安藤さん 同時に、「段戸川に魚を増やし、魅力的な川にする」を目的にした段戸川倶楽部を発足させ、釣り人から会員を募ることにしました。

田中さん C&R区間を作っても、密漁者が出るかもしれない。人員が不足している漁協にとって、それを見つけるのは難しい。そこで段戸川倶楽部の会員に腕章を付けてもらい、 不審者を見つけたら漁協に通報してもらうことにしました。会員は、通常5,000円の遊漁 券を3,500円で購入できるという特典があります。

他にも、発眼卵や成魚の放流をお願いすることを条件に募集したところ 2019年度は豊田、 名古屋など県内からだけでなく、遠くは長野県から27名が手を挙げてくださいました。

段戸川倶楽部の皆さん

安藤さん 皆さんとても熱心で、川を守ることに理解ある人ばかりが集まった。すごいと思う。

田中さん 発眼卵放流に関しては、皆さん前のめりで取り組んでくれています。釣り人にとっては「自分が放った卵から育った成魚を釣れること」が至福の喜びでもあるので、むしろ「そういうことができる場を待ってました」という感じでしたね(笑)

40年以上前から段戸川で釣りをしていて、最近釣れないからと足が遠のいていたけれど、 段戸川倶楽部がきっかけで戻ってきてくださった会員の方もいます。川周辺の草刈りやごみ拾いなど、会員の皆さんからの提案でやってもらえることも出てきて、素晴らしいです。

2019年度は3月から9月末までの解禁時期に、延べ1000人の釣り客がありました。「これまでは愛知県には本格的な渓流がなくて県外に行っていたけれど、良い場所ができてありがたい」と喜びの声も聞きました。アマゴに関しては、漁協が指定した期間内のみ利用 可能な年券という遊漁券の販売による収益が上がりました。

 

子ども時代の体験と、川への想い

安藤さん 思ったような成果が出てうれしい。しかし、それでも漁協全体としてはまだ赤字です。原因はアユ。増殖義務は守れているけれど、夏に天候不順が続いて釣り人が 少なかったこともあり、アマゴの黒字がアユの赤字をカバーしきれない厳しい状況です。

田中さん 経営については今日明日で解決することではないですね…。安藤さんは、すぐには抜け出せない逆境の中、10年も組合長を続けてこられている。そのモチベーションはどこから来ているのですか?

安藤さん やっぱり川への想いだね。子どもの頃は、今みたいにテーマパークがあったわけじゃないので、川か山へ行くかしかなかった。近所のおじさんに教えてもらって、中学の頃には釣りのための毛針をキジの羽なんかで自作していたよ。親戚の中には、ものすご く釣りが上手い人がいて、旅館に卸すために足助の街中から買いにきていた人に売っている姿を見ていた。川を身近にして育ってきたから、子や孫の世代につなげていきたいという想いが強いね。

田中さん 「引っ掛け」というアユの捕まえ方があるんですが、組合長はそれがすごく上手い。もぐって素早く泳いでいるアユに、針を引っ掛ける。運動神経には割と自信があるほうですが、チャレンジしてみても1匹も捕れませんでした(笑)

安藤さん 幼い頃からやっていないとできないみたいだよ。

田中さん 組合長と僕は、「川と魚が好き」。だから川を守るためには無償でも頑張れるということが共通しています。

安藤さん でもやっぱり目指したいのは、漁協の経営が上向いてきちんとお金が回ること。 アユの赤字をなるべく補填していけるようやっていきたい。アマゴの発眼卵はちゃんと 育ったので、今後もっと数を増やしていくこともできます。加えて、よりたくさんの方に来てもらえるように、snowpeakの住箱というトレーラーハウスの活用を始めました。

田中さん 住箱に「段戸川のBOX」ということでdamboという名前を付けて呼んでいます。今は釣り客のほとんどが男性です。今後は、女性やお子さんにも来てもらいたい。そのためには休憩や着替えの場が必要だと設置しました。名倉川漁協のC&R区間や段戸川倶 楽部の取組が認められ、水産庁からの支援を受けて可能になりました。

安藤さん あと足りないのはトイレだね。今は一番近くても車で5分ほどの施設まで行かないといけない。もしくは、今は男性が多いから川の周辺でも大丈夫だけれど(笑)女性はそんなわけにはいかない。将来的には川の上流にログハウスを作って、泊まって釣りが できるようにするのも良いかもしれないね。大工をやっているので、その時は私が作るよ。

田中さん 心強いです。まだ道半ばですが「釣り人と一緒に川を守る」という僕の想いを 受け入れてくれた安藤組合長、名倉川漁協の皆さんには感謝してもしきれないと常に感じています。

安藤さん こちらこそ、田中くんが来てくれて「川を守る」ことに着実に歩みを進めたと 思う。引き続きがんばっていきましょう!

最新情報は、ホームページをご覧ください。

名倉川漁業組合ブログ http://naguragawagyo.blogspot.com/  

段戸川C&R区間公式サイト https://www.dandoriver.com/blog

writer

きうらゆか

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1979年生まれ。2014年、夫のUターンに伴って豊田市山村地域・旭地区に移り住む。女性の山里暮らしを紹介した冊子「里co」ライター、おいでん・さんそんセン...

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