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はだしで野生をとりもどせ!vol.1私が「はだしの人」になった理由。

コラム

本題に入る前に、「野生」という言葉の意味を整理したいと思います。

 weblio辞書で「野生」と引くと

(1)動植物が、人間の手を加えられることなく自生していることを意味する語。 (2)誰にも教えられることなく体得しているさま、または自然そのままで荒々しいさまを表す語。例としては「野生の勘」「野性味溢れる」などがある。

このように、自然のままという意味がある一方で、荒々しさ、野暮ったい無骨な感じで使われるのが「野生」の一般的なイメージかと思います。しかし、田舎で野生動物に日々、囲まれて暮らしていると、彼らは非常に敏感で、繊細な生き物であることがわかります。

確かに、畑を荒らすことはあります。でも人間には極力会わないように行動しているのです。しかも、イノシシは谷間の硬くなって空気の滞ったところを決まってほじくり返します。鹿はまるで間伐や剪定をするように樹木の若芽を食べます。人間の物差しでみてしまうと、何でも被害になってしまうのですが、自然環境という大きな視点で見れば、そこに必要なことを適切に手入れしてくれているのは、むしろ野生動物の方なのです。

そうした意味で、「野生」とは荒々しいだけのことを指すのではなく、自然を読み、感じるための繊細で敏感な感性を持っている状態と定義して話を進めたいと思います。

「くつ」から「はだし」へ

 

こんにちは。はだしの人・金子潤です。

8月に入って毎日最低20分は裸足で外を歩くことが日課です。

私の夢ははだしで走って鹿を仕留めることです。


2019年に撮影した私の足の裏

 

まずみなさんにお伝えしたいことは、「人間は動物である」ということ。

日々、忙しく暮らしているとついつい忘れてしまいがちなことですが、私たちは地球という惑星に暮らすたくさんの生命の一つでしかありません。

 

日々コロナを恐れる毎日かもしれませんが、ウイルスも地球環境で暮らす生態系の一部なんです。最近の地球、何だかヘンじゃありませんか?”想定外”の自然災害が増えていませんか?

 

最近、地球温暖化などの環境問題がクローズアップされるようになり、私たち人間の文明もそろそろ下り坂にきているかもしれない、ということで「崩壊学」なんて学問が出てきたり、昆虫を含めた様々な生き物が減っていく中で「第六期大絶滅」が迫っているなんて言われたり、とにかく危機を煽らることが増えてきました。

 

そして、その解決策として、自然の生態系を過去の状態に戻す「Rewilding」というキーワードが科学論文の中で出てくるようになってきたのです。

 

私の研究テーマはズバリはだし

そこで、このRewildingを人間の身体に当てはめてみることにしました。

 

Rewilding human body
野生のチカラを取り戻せ

 

どうして金子潤ははだしになったのか

はだしで何が変わったのか

野生を取り戻すためにどんなことに取り組んだら良いのか

これからの人間の暮らしはどうあるべきか

 

こんな感じの内容ではだしをテーマに研究するようになって変わっていく私の実践、暮らしぶりを紹介しながらコラムを展開していきたいと思います。

 

わたしのはきもの

 

はだしの人だから、靴はそもそも履いてない!?

いや、履いていますよ。普段は、夏でも冬でも靴下は履かず、素足に自作のワラーチ、

会議や、改まった場面では、黒のビブラムファイブフィンガーズ。

畑や力仕事の時はきねや足袋の地下足袋です。

そしてランニング時、山に登る時は基本的にはだしで、保険としてワラーチかファイブフィンガーズを持っていきます。はだしの研究を始めるまではナイキやカンペールのスニーカーを50足くらい所有する靴好きでしたが、今ではつま先が分かれていない靴はゴローの重登山靴しかありません。

 

 

なぜ、はだし研究の道へ?

 

そもそも、なぜはだしを研究テーマとしたのか。

 

最初のキッカケはビブラム社の五本指シューズであるファイブフィンガーズに出会ったことです。アメリカに出張で行った最終日、たまたま立ち寄ったアウトドアショップでつま先が5本に分かれた靴を見つけました。手にしてみるとやけに軽い。履いてみるともっとビックリ、何だか体が勝手に動きたくなる衝動にかられ、その場でジャンプ、店内を小走りしてしまいました。

 

この時点ではだしスイッチは押されていたのかもしれません。その場で靴を購入し、日本に持ち帰ったのですが、当時はスポーツトレーナーとして米国の足病医学を学んでいて、どの靴にも足底板を入れていたこともあり、はだし感覚の靴を率先して履く機会は多くありませんでした。

 

次のキッカケは『Born to run』という本。裸足ランニングブームをアメリカで巻き起こしたことでも知られている本で、日本でも裸足ランナーのバイブルと言われているくらい、読むと思わず走りたくなる本です。

この本の著者は自身がランニング障害に悩む中、足病を専門とする医師から「人間の足は長距離走に耐えられるようにはできていない」と注意を受けます。でも、手作りのサンダル(ワラーチ)で100㎞も200㎞も走る、メキシコの山岳地帯で暮らすタラウマラ族に出会い、ランニングへの向き合い方が変化し始めます。そして、人類学やスポーツ科学の視点から人間の身体が走るために進化してきたこと、ランニング障害はシューズのクッションが原因の一つであることを解き明かしていくストーリーです。

 

私にもこの本の影響は大きく、「裸足ランニングって面白そう」と”はだし”への興味が増してゆきました。

 

この時点で、「大人になったら足のカタチは変わらないのだから、良い靴を履いて、足底板のサポートが必要なんだ」という自分の考えが、揺らぎ始めたのです。

 

そして、最後にトドメを刺したのが、2012年6月に参加した裸足ランニングクラブの練習会。それまでは、「はだしなんかで走ったらケガをする。土踏まずが低い私の足にははだしは向いていない」と考えていました。当日は陸上トラックで5kmのタイムトライアル。はだしで走るのは小学生時代の短距離走以来でしたが、恐る恐る走って5kmを完走しました。

 

自分の足の裏を見てビックリ!今までに見たことのない、くっきりとした土踏まずができ上がっている。え!?何が起こったの!?自分の身体に起きたことが想像を超える体験で、練習会から帰宅して妻に延々とこの衝撃の事件を話したことを覚えています(妻に聞くと、この日の私は興奮して目をキラキラさせながら、しつこいくらいに延々とはだしについて熱く語っていたとのこと)。

大学でスポーツ科学を学び、スポーツトレーナーとして選手に足底板を処方したり、自らも靴に足底板を入れて、足について研究したりしていたのに。はだしで走って足のカタチが変わるなんてどこにも書いていなかったのに。13歳までに足の骨格ができ上がるので、少なくとも子ども時代に足を大切にする重要性は理解していました。大人(当時31歳)の足でも変わるんだ。しかも20分そこそこ走っただけで変わるなんて信じられない。

 

何かが音を立てて崩れ、そのがれきの中にとんでもなく光り輝くモノを見つけたような体験でした。

 

 

わからないことは自分で調べるしかない。自分の身体を実験台に何が起こるのか、この目で確かめてやろう!この次の日から靴は5本指シューズ、運動するときははだしか5本指シューズの生活がスタートしました。はだしランニングクラブのメンバーの足は足指が開いていて、アキレス腱がくっきりとした引き締まった足首の人がほとんど。これは何か効果があるに違いないと、はだしの効果を探る研究も同時にスタートしたのです。

 

最初は、はだしでどうやって走るのか、どんなトレーニングで靴を履く人たちと同じようなペースで走れるのか、スポーツ的な視点で動きやカタチの変化を中心に考えていました。そのため、足元だけのことを考えて「どうやって着地したら良いだろう?」、「フォアフット走法って何なんだろう?」ということに注目していたのです。

しかしながら、力んでペースを上げて走っては足指に血豆を作り走れなくなる、ということの繰り返しで、中々ケガの悪循環から抜け出せませんでした。

 

転機となったのはロシア武術のシステマとの出会い。日本で5本指シューズの輸入元であるベアフットインクジャパンの社長がシステマのインストラクターでもあり、何度かワークを体験させてもらいました。

 

呼吸を止めず、リラックスすることで身体から、自然と連動した動きが引き出される身体が自然と連動した動きを引出される。最初はその感覚が全く掴めず、システマ 流の前転、後転をしてもガチガチで滑らかさが足りず、アザだらけになっていました。上手くできないのが悔しくて、練習を繰り返していくにつれ、はだしでの動きにも変化が現れました。

以下の動画は、システマの練習方法の一つです。

 

 

 

身体の使い方って、結構、この時はこう、あの時はああして、と方法論で教えられることが多いかと思います。しかしながら、頭で考えてから身体を動かしていては、動きがどんどん遅れてしまう。特にはだしでいると、自分の身一つで着地の衝撃に対処しなくてはならないので、考えるよりも感じて動くことが大切になります。まさにDon’t think FEEL!! そうした自分自身の変化に合わせてはだしで入れる場所が、次第に広がっていきました。

 

 

はだしランニングの衝撃は同時に、人生の価値観を大きく変え始めました。20代半ばまではお金をたくさん稼いで良い車に乗って、贅沢な暮らしをする。そんな成功者のイメージを理想としていました。割と普通の人だったと思います。しかも、一時期体調を崩していた時期があったので、もう一度陽の当たる場所に出るために、収入を安定させる、いかにして稼ぐか、ということが人生設計の中心でした。

 

ちょうどこの頃は東日本大震災と原発事故の直後で世の中の見え方が変わり、人生について見つめ直している最中でした。そこにはだしランニングが出てきて、「靴が無くても良い」ことがわかり、常識って一体なんだろう?とより一層疑うようになりました。モノが溢れる現代の生活の中で実は無くても良いものってたくさんあるんじゃないの?そう考える機会が多くなっていったのです。

 

金子潤

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千葉県我孫子市生まれ。中京大学スポーツ科学部助教、早稲田大学大学院人間科学研究科修了、日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナー 自らはだしで野山を駆け回...

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