初対面の中学生と大人が、1対1で人生について語る?! 豊田市はなぜ“対話プログラム”をまちの未来のために始めたのか。
秋が日ごとに深まり、冷やりと感じられる体育館の床の上に、となり合って腰をおろす中学生と大人。
親と子ども?先生と生徒?いいえ、二人はこの日、まったくの初対面です。
最初は少し緊張していた表情が、お互いの人生について語り合ううちにほぐれ、笑顔や泣き顔に変わっていきました。

2024年11月〜12月にかけて、豊田市の稲武・豊南・石野・藤岡南の4中学校で実施された豊田市主催のキャリア教育プログラム「tsumugu(つむぐ)」で、中学生と大人が1対1で向き合い、対話する時間を持ちました。
キャリア教育と聞けば「成功した大人が学校に招かれ、大勢の生徒に向かって話をする」というイメージが浮かぶ方もいるのではないでしょうか。
それに対して、tsumuguは、大人がどちらかといえば中学生の聞き役に回り、お互いが対等に話すスタイルです。
「子どもたちの話にていねいに耳を傾けることで、応援する大人の存在を感じてもらい、生きる力を育む」というtsumuguのコンセプトはたくさんの共感を集め、4日間でのべ140人の大人が参加。事後アンケートからは、子どもだけでなく、大人にも多くの学びと気付きがあったことがわかりました。
昨年に引き続き、2025年度もtsumuguの開催が決定。参加してくれる大人の募集がスタートしています。
対話を軸に据えたこのプログラムを、豊田市に根付かせようと奮闘しているのが、豊田市魅力創造部学び体験推進課の竹内祐衣(たけうち・ゆい)さんと、運営者である教育事業「ぜろいち0→1」代表の深見太一(ふかみ・たいち)さんのお二人です。
2年目を迎えるにあたって、そもそもなぜ豊田市でtsumuguが始まったのか、なぜ対話が大切なのか、どんな未来を描いているのかを聞いてみたいと思い、いくつかの問いを投げかけました。
その答えから見えてきたのは、このプログラムにかけるお二人の並々ならぬ想いでした。

(左)竹内祐衣(たけうち・ゆい)さん
豊田市役所魅力創造部学び体験推進課
2024年度にスタートした豊田市主催の中学生と地域の大人による対話プログラム「tsumugu(つむぐ)」担当者
(右)深見太一(ふかみ・たいち)さん
教育事業「ぜろいち0→1」代表
民間企業での勤務を経て教員免許を取得。豊田市で13年間小学校教員を務め、瀬戸市の私立小学校の立ち上げに関わった後に
独立。現在、愛知教育大学の非常勤講師のほか、対話を深めるための「クラス会議」などの研修を全国の学校や企業で行っている。 2024〜25年度キャリア教育プログラム「tsumugu(つむぐ)」を運営。
対話が、豊かさや幸せを実感できる社会をつくる
―なぜ、豊田市でtsumuguを実施することになったのですか
竹内さん 豊田市には、市民と行政が一緒になって未来を考える“まちづくりの指針”となる総合計画があります。今の第9次総合計画は、2025年4月に公開され、「つながり」によって多様な価値や可能性を創出するまちなどを目指す姿として掲げています。
この総合計画に先駆け、2022年度から2023年度にかけて「人生100年時代における学びのあり方と方策」について生涯学習審議会で審議いただきました。その審議会のなかで好事例として紹介されたのが、島根県益田市の取り組みでした。

益田市では、(一社)豊かな暮らしラボラトリーが運営者となって地域の小・中・高校生と大人が対話する「iroriプログラムー心に火が灯ともる時間―」を2015年度から続けていて、人と人とのつながりのなかで、豊かさや幸せを実感できる社会に向けてとても有効なプログラムではないかと感じました。
豊田市での対話プログラムの可能性を検討するために益田市に視察に行き、その後、運営を深見さんにお願いすることが決まりました。
iroriプログラムで大切にされている「対話」が、深見さんが取り組んでいる「クラス会議」でも同じように重視されている点に注目しました。
―そうなのですね。深見さん、クラス会議について教えてもらえますか。
深見さん まず教室にお悩み解決ボックスを置いておいて、子どもたちが自分の悩みを書いて入れられるようにしておきます。クラス会議の時間では、子どもたちが円になって内側を向いて座ります。そして、ボックスから悩みを一つ選んでみんなで解決の方法を出し合う、ということを繰り返します。
僕はサラリーマンを辞めて教員になり、意気揚々と現場に入ったのですが、全く通用しませんでした。おもしろい授業はできない。子どもたちの気持ちはわからない。保護者からも不審な目で見られる。どうしていいかわからない時に出合ったのがクラス会議でした。
クラス会議の講座を受けて、5〜6年自分のクラスで実践してみたら子どもたちが目に見えて変わってきたんです。子どもたちの関係が良くなって、楽しそうになりました。問題も減って、僕がガミガミ叱らずに済むようになりました。

学級会はあったのですが、クラスの問題を話し合うと言いつつ、発言力のある子たちが喋って他の子は黙っているような感じになってしまうので、「何か違うな」と思っていました。
クラス会議のベースにあるのは、先生も子どもたちも対等だという考え方です。それが、大人と子どもが対等に話をする益田市のiroriプログラムと通じているのかもしれません。
細部にまでこだわった益田市のプログラムを受け継ぐ
―益田市に視察に行って、実際に対話プログラムのようすを見て、どんな印象を受けましたか
竹内さん 大人が子どもたちを温かく迎え入れ、最後は拍手で送り出す姿を見て「つながりが生み出す豊かさ」がどんなものか実感できました。また、益田市で色んな世代の方とお話しして、みなさんから前向きな印象を受けました。それまでに対話を積み重ねてきた賜物なのだと感じました。
深見さん 竹内さんは視察で益田市のとりこになって、プライベートでもう一度訪れたんですよね!僕も、益田市で温かい雰囲気を感じました。お会いした方、みなさん希薄さが全くない。飲みに行ったお店でもそうでした(笑)

―益田市のiroriプログラムをモデルに、豊田市で実証事業をすることになったということですが、内容はどのように決めていきましたか。
竹内さん iroriプログラムは、(一社)豊かな暮らしラボラトリーがこれまでの経験をもとに細部までこだわっている内容なので、まずは、手を加えずにそのまま踏襲して実証を行うことにしました。
一つ例を挙げると、プログラムの最中に音楽をかけるのですが、その曲や流すタイミングが細かく決められています。対話の時にはしんみりした曲、移動する時にはテンポの良い曲などがラインナップされていて、毎年見直されています。

深見さん そんな作り込まれたプログラムを豊田市の色を出したいからといって勝手に変えるのは違うと思ったので、徹底的に全てそのまま引き継いでいます。ただ、名前はオリジナルでtsumuguという名前は、竹内さんの発案で決まったんですよね。
竹内さん はい。「思いを紡ぐ」「関係性を紡ぐ」「地域を紡ぐ」という3つの意味を込めました。「紡ぐ」という言葉の、少しずつ作り出されるイメージが良いと思いました。
口コミ力で大人が次々と参加
― tsumuguはどのようにスタートしましたか。
竹内さん まず市内の全中学校に案内を出したところ、「やってみたい」と手を上げてくださった学校が4校あり、スムーズに決まりました。
深見さん 大人集めには、粘り強さが必要でした。今までに全くない企画なので、それを伝えるのが難しい。初めは、興味を持ってくれそうな方への声かけをたくさんしました。
「やるよ」と言ってくださった方に個別にお電話して、一人ずつ連れてきてもらおうと地道にやっていたら、たくさん集めてくれる方が現れました。交流館や市民活動センターにも協力してもらい、のべ140人が集まりました。みなさんの協力に感謝です。
竹内さん 不特定多数にアプローチするというよりは、個人のつながりで広げて「趣旨を理解している」ことを重視して人集めをしました。また、「きちんと対話できる大人」を担保するためにオンラインと対面でそれぞれ2回ずつ事前研修を行いました。

深見さん 研修では、「二人のうちどちらかが一方的に話し続けるのは対話ではないですよ」と説明させてもらった後で実際に対話の練習をしたり、記入してきてもらった人生グラフを大人同士で本番のようにシェアしたりする時間を持ちました。

―中学校でも事前研修があったのですか。
深見さん 各校を訪問してプログラムの内容を説明するとともに、「しゃべるのが苦手でも大丈夫だよ」「言いたくないことは言わなくていいよ」「話してくれたことは秘密にされるよ」と伝えてきました。
―「tsumugu」当日のようすを教えてください。
深見さん 先に体育館に入った大人が2列になって向き合い、その間を生徒が入場しました。僕から全体についてのお話をした後、大人1人生徒3人のグループに分かれてもらって、まずはそれぞれが自己紹介をしました。
その後、大人が人生グラフを見せながら3人に自分の人生を紹介。次は、大人と生徒1対1の時間です。生徒が人生グラフの発表をして対話をします。生徒2人は待っている間に、現役大学生の人生紙芝居を聞きます。


大人との対話の順番待ちをしている生徒は、大学生による人生紙芝居を聞いた
最後は、それぞれがこれからの目標を考え、大人と生徒はお互いに応援メッセージを送り合いました。
安心できる場で対話の効果が見えた
竹内さん 初めは子どもも大人も緊張した様子でしたが、対話の時間に深い話をしたペアもいたようで、泣いている方もいました。
深見さん 普段クラスではなくて他の部屋に登校している生徒が当日のプログラムの様子を見て、急遽参加したいと言ってくれたケースもありました。参加してみたいけれど、みんなと同じ場所では嫌だという生徒が、別室で一人の大人とマンツーマンで45分しゃべったということもありました。
大人のみなさんが、生徒が安心できる雰囲気を作ってくれたことが良かったのだと思います。
竹内さん 深見さんの安心安全な場づくりも、素晴らしかったと思います。

深見さん 学校の先生は、外部の人を受け入れるときに「生徒たちをきちんとさせなければ」という気持ちになりがちです。そこで子どもたちが畏まると、一気に雰囲気が変わってしまうので、先生たちには事前に「プログラムの時間は、私たちに任せてください」というお願いをしておきました。
実践してみてtsumuguのプログラム自体が安心感を作り出す内容だと改めて感じました。大人が先に人生グラフを見せて、例えば「大失恋をした」「仕事をクビになった」という失敗談を話すことで、子どもたちは安心します。
その後、生徒の人生グラフを大人が見せてもらうことで、「この子は話すのが苦手かな」「たくさん喋りたい子なんだな」とある程度わかる。お互いに自己開示をしてからなので、対話がしやすい。
さすが益田市で磨かれてきたプログラムだと実感しました。
竹内さん 生徒のアンケート結果からは、「自分には良いところがある」「将来に対して明るい希望をもっている」「自分の可能性を信じることができる」などの項目で、「そう思う、ややそう思う」と答える割合が上がりました。
深見さん 記述式のアンケートの回答には、例えば「知らない人と話すのがちょっと心配だったけれど、やさしい人ばかりで不安がなくなりました」や「ここの会だけの関係だからこそ、本心で気持ちとか悩みを打ち明けることができたのかなと思います」など、本音で書いてくれたんだなということが読んでいてすごく伝わってきました。

学校でやることに、意味がある
―2024年度のプログラム全体をふりかえって、いかがでしたか?
竹内さん まずは、たくさんの方が参加してくださったことに感謝しています。人とのつながりや自己肯定感の向上など、益田市で実現している対話プログラムの効果が、豊田市でも出たと思います。
深見さん 中学生にとっても大人にとっても、すごく意味があるし、やりがいを感じる活動だと感じました。このプログラムによって、中学生があったかい大人に触れられるということは、ものすごく価値があることです。
このプログラムは、子どもたちの未来にとって必ずプラスに働くと思うし、自殺の予防などにもつながると思っています。
―今年度のtsumuguに向けた想いを教えてください。
竹内さん 昨年度のアンケート結果をふまえて、2025年度も実施することが決まりました。今年は実施する中学校を一つ増やす予定で、それに伴って大人も増やす必要があります。
昨年度の大人アンケートの結果から、「前向きになった」などプログラムが大人にも良い影響を与えたことがわかりました。今年は、「普段こういう活動をしないけれど、参加してみようかな」という大人をたくさん巻き込みたいと思っています。
益田市では、子どもたちへの効果だけでなく、参加した大人同士が結婚したり、地元企業の若手社員が、企業の外にもつながりを作る機会になっていたり、対話プログラムが市全体に良い影響があると判断されて続いています。
豊田市でも、持続可能になるように模索していくつもりです。
深見さん 対話プログラムを、単発のイベントにしては意味がないと思っています。どこかに大人と中学生を呼んで、というやり方でできなくはないけれど、それでは興味のある人しか集まって来ない。
学校でやることで、本当に苦しい思いをしている子たちにアプローチすることができます。学校でやって、全員が経験できることに意味があると思います。
―最後に、tsumuguに参加しようか迷っている大人に向けてメッセージをお願いします!
深見さん 教育現場って、批判されることが多いじゃないですか。僕は、先生たちだけに任せておけばいいってもんじゃないと思っていて。いろんな大人が、子どもたちにいろんな関わりをすることで、教育は変えていけます。
文句を言う人じゃなくて、一緒にプレイヤーになってほしい。tsumuguは、未来への種まきができます。それを楽しめる人が集まってくれるといいなと思っています。
竹内さん tsumuguは、大勢の前で話すわけではないので、ハードルは低めだと思います。益田市では、参加する大人のことを「キャスト」と呼んでいました。対話プログラムを盛り上げる一人のキャストになるつもりで是非参加してください。

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