性の講座を広める有志団体『にじのかい』メンバーが「自分も結構いいね」と思えるまで

インタビュー

2021年11月。子どもたちの性教育を考えるお母さんたちの交流会が開催され、豊田市内の様々な地域から40名が集まった。会場には、明るい笑い声がたびたび響き、心が通う温かさがあふれる会だった。

主催したのは「にじのかい」。豊南地区を拠点に活動するお母さんたちの有志団体だ。

「たったひとりで動き始めた3年前に、こんな日がくるとは全く想像していなかった」と話したのは、代表を務める葛山有咲(かつらやまありさ)さん。「にじのかい」の活動は今、大きな波となって周囲に広がっている。

その背景にあるものを伺った。

にじのかい メンバー:葛山有咲(かつらやまありさ)さん、小形美和子(おがたみわこ)さん、鶴田真由美(つるたまゆみ)さん 地域の子どもたちに科学的な性の知識を手渡し、安心して健康に、幸せに育っていけるようにと、豊田市豊南地区を拠点に活動するお母さんたちの有志団体。子ども園や小中学校と連携して、豊田市内外でかたりべとして精力的に活動している助産師の西田久代さんを招き「性の科学と健康」講座を開催してきたほか、関連する書籍を寄付するなど様々な活動をしている。また、「にじのかい」の活動に賛同したお母さんたちが別の地域でも活動を始めるなど、地域を越えた広がりも生まれている。

「にじのかい」がやってきたこと 

 

「にじのかい」を立ち上げてから有咲さんたちは、丁寧に、ひとつひとつ思いをかたちにしてきた。 

「なぜ子どもに性のことを伝える必要があるのか」、「子どもの目に触れる場所に性に関する本を置くことは危険ではないか」といった反応が返ってくることも多かった。有咲さんたちは、子どもたちと性について学ぶ必要性や、子ども園や小中学校で講座を開催する意味などを伝え、教職員や保護者、地域とのコミュニケーションを丁寧に重ねてきた。

令和2年度に豊田市立豊南中学校へ本を寄贈

 

令和2年度に豊田市立前山小学校に寄贈した本の展示

 


令和2年度に豊田市立前山小学校で「性の科学と健康講座」を5年生に実施

 

豊田市内外でかたりべとして精力的に活動している助産師西田久代さんの「性の科学と健康」講座を小学校で実現した際には、保護者や児童を対象にアンケートを実施した。

「西田さんのお話が聞けて良かった」、「性の学びは必要だと思う」といった意見がほとんどだった。こうしたアンケート結果を公開することもまた、性について学ぶ機会の必要性を社会全体に伝えることにつながった。小学校での講座開催は新聞にも大きく取り上げられた。

園や小中学校との連携のほか、地域でも西田さんの講座を開催。親子を対象にした講座だけでなく、親のみを対象にしたり、ファミリーを対象にして家族で参加しやすくしたりもした。

ファミリー向け「性の科学と健康講座」

 

オンラインを併用したフォロー会を定期的に開催し、「講座を聞いて、子どもと性のことを話すって大事だと思った。でも日常生活の中で、これはどうしたらと思うことがいろいろ出てくる」といった親たちとその後もゆるやかにつながり、寄り添ってきた。

 

活動を始めて3年目となる今年には、西田さんのようなかたりべを育成する全6回講座を企画した。「子どもたちにとって安心してコミュニケーションができるコミュニティをさらに増やしたい」という思いをかたちにした、新たな一歩となった。

 

活動の様子や全国の動きなどの情報をSNSで発信し、新聞などのメディアにも積極的に働きかけて取材に応じるなど啓蒙活動に力を入れ、社会全体の性に対する根強い偏見や抵抗感に対応してきた。行政との連携も大切にしている。市から活動を表彰されたこともあり、社会的な認知度を上げることも啓蒙活動のひとつだと感じている。

 

さらに、「にじのかい」の活動は周辺地域にも広がっている。

わずか3年の間に、「にじのかい」の活動に共感したお母さんたちの団体が他の地域でも生まれて、その数は10団体に上った。「にじのかい」のやり方に学び「わくわく事業(※)」を活用して西田さんの講座を開催しているほか、地域の防災活動とからめて活動したり、お母さんたちで集まる月1回のお茶会で悩みを共有したりと、さまざまな活動がスタートしている。

(※)わくわく事業|地域資源(人・歴史・文化など)を活用し、地域課題の解決や地域の活性化に取り組む団体を支援する豊田市の地域活動支援制度

他地域のお母さんたちから「私たちの地域でも始めたいと思うけれど、何から始めたらよいですか?」、「にじのかいでは、こんな時どうしていますか?」など質問もたびたび寄せられる。そこで、各団体や関心のあるお母さんたちに声をかけ、情報交換をかねた交流会を企画した。予想以上に多くのお母さんが様々な地域から集まり、思いや活動の様子を共有することができた。

開催後のアンケートには、「他の地域にも仲間がいるとわかってうれしかった」、「いつも本当にありがとう!」といったメッセージが書かれ、「にじのかい」の存在に周囲のお母さんたちが勇気づけられているのが伝わってくる。交流会については、豊田市を拠点に発行している地方新聞の一面で取り上げられた。

 

 

「たったひとりの思いと葛藤」から始まった

 

「にじのかい」の出発点は、「たくさんの子どもたちに西田さんのお話を届けたい」という有咲さんの思いだった。同時に葛藤もあったと有咲さんは振り返る。

子育てにかかわる様々な活動を通して、地域を越えた広いつながりがある有咲さん。その縁のなかで西田さんの講座に出会った。「自分たち親子だけでなく、子どもにとって日常的にかかわりがある小学校の友達を含めた地域の子どもたちに西田さんの話を届けたい」と強く思ったそうだ。

学校や地域に目を向けたとき、学区内の子育てのつながりがほとんどないことに気づいたという有咲さん。地域に「思いや悩みを共有する仲間がいない」というさみしさ感じたと振り返る。

有咲さんはまず、子どもの同級生の親子に声をかけ、西田さんを地域に招き「性の科学と健康」講座を開催した。その時に参加した美和子さん、真由美さんと意気投合し、協力して活動をスタートしたのが「にじのかい」につながった。

豊南地区で生まれ育った真由美さんは幅広い世代につながりがあり、有咲さんたちにとって地域で活動するうえで心強い存在だ。その真由美さんを誘ったのは美和子さんだったそうだ。

左が真由美さん、右が美和子さん

 

メンバーの信頼関係が生まれた理由

 

これまでの活動のなかでは、大変な思いや心が折れる思いもたびたび経験したそうだ。「いろいろあっても仲間と共有できる、小さな葛藤や悩みも仲間が受け止めてくれる。それが力になって続けてこられました」と有咲さんたちは顔を見合わせて笑う。

団体の代表として思いを説明する場面はたびたびある。有咲さんは、「大勢の人前で話すことが実はとても苦手なんです」と言う。大人たちの発言の中で「子どもたちが尊重されていない」と感じた時などに強く思いを言いすぎて、あとで落ち込んでしまうこともあるのだと明かす。

「わたしがうまく言葉にできないときに、美和ちゃんが相手に伝わるように話して、思いを届けてくれます」。いつも助けられていると実感しているそうだ。

 

また、有咲さんは、「完璧主義なところがあって」と苦笑いしながら言う。思いが募って理想が高くなり、どう行動したらいいかわからなくなってしまうことがある、という有咲さんのヘルプを受けとって、3人でどうしたら実現できるかアイデアを出していく。特に真由美さんは地域との調整や、具体的な段取りを立てて進めていくのが得意だ。

 

有咲さんたちと出会った時に「この人たちの思いを形にしたい」と思った、という真由美さん。「昔から、思いのある人をサポートして、ひとつひとつ形にしていくことが好きなんです」

コロナ禍で先が見えない時期や、講座開催を断念しなければならないときもあったが、真由美さんはその時にできる最善を行動に移すことが大切、と他のメンバーを励ましてきた。

 

有咲さんと真由美さんの付き合いは、まだたった3年ということになる。「真由美ちゃんってどんな人なの?」と、有咲さんにあらためて聞かれて笑ってしまったことがあったと真由美さんは冗談交じりに明かす。

顔を合わせて集まるミーティングは月に1、2回程度。「今日こんなことがあって…」と、気になったことはコミュニケーションアプリLINEで共有している。一緒にいる時間は実はそんなに多くないのだそうだ。

 

有咲さんは、「仲間自慢をしたくてたまらない」と笑う。

それぞれの得意なところを持ち寄り、苦手なところを補い合ってやってきた。「自分にはできない、じゃなく、自分もけっこういいね」とも思えるようになったと振り返る。

「気づけば地域とのつながりや心強い仲間が、今の自分にはあると思える」という安心感も有咲さんのなかに生まれた。

 

活動の副産物は「自分を知れたこと」

 

活動を継続できた理由のひとつに「無理をしない」ことがある。

「講座を開催するたびに西田さんの話を繰り返し聞いてきたので、自分たちにも浸透していったのだと思います」と有咲さんは話す。西田さんは『性の科学と健康』講座のなかで、「自分の感情や感覚をないがしろにしないこと」を子どもたちに伝えているのだ。

有咲さんたちもまた、自分の感覚や思いを大切にしてきた。それは「自分を深く知る」ことにつながったかもしれないと感じているそうだ。

3年というひとつの目標にしていた区切りを前に、美和子さんは、「いろんな生き方が尊重される世の中になってほしいというのが一番の思い」と話す。

美和子さんは、西田さんの講座のなかで「性の在り方や生き方は多様でグラデーション」と聞いて、学校に行かない選択をしている子どもの姿を重ねて深く共感したのだそうだ。「多様でグラデーション」のイメージから、「にじ」を団体の名前に入れようと発案したのも美和子さんだった。

3年前は、のどが詰まったようになって、思いを言葉にすることができなかったという美和子さん。「活動をするなかで、自分を認めることが大切だと強く感じました。大人も子どももみんな傷ついているんだなあと。今後、女性たちを応援していくようなこともしたいと思っています」と話してくれた。

 

有咲さんは、自分に対しても仲間に対しても信頼感が深まり、さらには「思い出さないようにしていた子どもの頃の自分」の存在にも活動を通して気づいたと話してくれた。「子どもたちを思って活動をしてきたことは、子どもの頃の自分を助けることにもつながっていたのかもしれません。今になって、当時を思い出すことができるようになりました」と話してくれた。

戸田育代

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豊田市の山村地域に夫婦で移住して11年。4人の子育て中。子どもたちと、野山や田んぼの広がるご近所を散歩することが好き。子どもの頃に海外に住んだことがきっかけ...

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撮影 永田 ゆか

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静岡県静岡市生まれ。 1997年から長久手市にあるフォトスタジオで11年間務める。 2008年フリーランスとして豊田市へ住まいを移す。 “貴方のおかげで私が...

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