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パパ、育児のため会社を1年休みます!|第2話 プレッシャーで発熱!?初めての育休

コラム

こんにちは!

私は今までに2回の育児休業を取得しました。

1回目 2016年12月~3か月(第2子出産時)
2回目 2022年10月~1年(第3子出産時)※現在進行中

前回の第1話目のコラムでは「なぜ男の私が育休を取ろうと思ったのか」などの

育休全体を通してのことを書きました。是非チェックしてみてください!

今回は6年前に取得した1回目の3か月の育休についてです。

男性育休がまだあまり推奨されていない時代に、どんな不安を抱えていたのか、
制度やお金の話、大変だったことなど少し踏み込んだ話をしていければと思います。

 

不安と決意

 

2016年12月、私は第二子出産時に育休の取得を決意しました。

その頃はまだ周囲には誰も取得した人はおらず前例もありませんでした。

 

・妻が育休取るのに、夫の私も取っていいのだろうか?
・会社で居場所がなくなるのでは?
・職場や会社に申し訳ない

 

そんな不安や迷いを抱えていました。
ではなぜ私が育休取得に思いきれたのかというと、
以下2つが理由です。

1つ目は、第一子の子育ての反省から。

平日も休日も仕事ばかりで、それ以外のあまった時間で趣味や家族のことをやる。
「他の家庭より家のことやってる良いパパでしょ?」くらいに思っていました。

しかし、ある日子どもが寝た時間に家に帰るといつも平気な顔をしている妻が
「怒りたくないのに怒鳴ってしまった。自己嫌悪で苦しい」と涙していました。

 

私が仕事に行っている間、知らないだけで家庭内では
可愛い子どもを怒鳴らないとやっていけない苦労がたくさんあるんだと
そこで初めて気がつきました。

 

これは間違いなく「育児をやった気でいたパパ」のせいです。
私がもっと積極的に育児に踏み込むしかないと思いました。

 

2つ目は、妻のキャリアのため。

 

私も妻も仕事が好きです。2人とも上昇志向もあり、
休日の会社イベントにも積極的に参加してコミュニケーションを図るタイプの人間です。

しかし、子どもの出産で妻のキャリアだけ強制的に途切れることになりました。
そんななか私だけは今までと変わらずに会社のキャリアを平然と歩いている。

「育児に専念できるのは幸せだけど、仕事が好きな私からするとパパだけズルいよねー」と妻。

私の「育休を取ることが不安だ」ということは自分のことだけで、妻のことを考えていなかったことにも気づきました。

 

この2つの理由から私は育休を決意しました。

 

いざ上司に相談となりましたが
前例が少ない当時は「男が育休なんてとれるの?」といった所からのスタートでした。

自分の想いを伝えると、上司は担当者へ相談してくれて、
手続きや制度を一緒になって調べる所から親身になって対応してくれました。

意外にも順調に育休に向けての準備は進み、
仕事の引継ぎも終わり、あとは出産、育休を待つのみとなったのでした。

様々な職場環境があると思います。私の場合、
少しネガティブなこともあっても
「前例がない状態で育休とるからそう思うことはしょうがないよねー」
くらいに捉えることにしていました。

 

育休制度のお話

 

ここで少し育休制度の話をしたいと思います。

まず育児休業(育休)とは「国が法律で定めた公的制度」で、
原則子どもが1才になるまで、パパでもママでも2人一緒にでも仕事を休業できる制度です。

もちろん配偶者が専業主婦(夫)であっても取得できます。

 

私の場合は1回目も2回目も妻と一緒に育休を取得しました。

育休中は会社からは給料は1円も出ません
雇用保険から「育児休業給付金」を受け取ることができます。

 

受け取れる期間は基本1年間。

受け取れる額は、過去6カ月間の給与(各種手当は含める/ボーナスは含めない)の平均を基準として、以下の通り支給されます。

・育休開始~半年まで:基準額×67%、
・半年~1年まで  :基準額×50%

さらに以下は免除、支払う必要がありません。

・社会保険料(健康保険料、年金保険料)
・所得税(給付金は所得とみなされない)
・雇用保険料

※住民税は支払う必要があります

 

これらを加味すると育休中の手取りは、
育休前の普通に働いていた時の60%~80%の額となります。

給料が減るのが心配という声もありますが「働いていない状態でそれだけのお金がもらえるなんてラッキー」とポジティブに捉えて、今しかない子どものとの時間に専念してみてはどうでしょうか。

日本の育休制度は、取得の期間も給付金も世界的にも恵まれていると言われるように、
制度自体は整っています。
あとは社会や職場の風土と、思い切って勇気を持って飛び込むだけです。

 

無痛分娩での出産

 

いよいよ子どもの出産です。
1人目の出産は「自然分娩」でしたが、2人目の出産は「無痛分娩」を選択しました。

無痛分娩とは、麻酔薬を使って陣痛の痛みを軽くする出産方法です(痛みがなくなるわけではありません)。

心身の負担が軽減され落ち着いて出産することができ、その後の回復も早いようです。(追加費用が約8万円必要)

男の私には出産の痛みはわかりませんが、自然と無痛とをどちらも経験した妻は「一人目も無痛にしておけばよかった。次に赤ちゃんを生むことがあれば絶対無痛にする」と言うほど違いがあったようでした。

無痛分娩は事前に生む日が決まるので、その出産日を育休開始日に決め、私も立ち会うことができました。

そして無事に出産。母子ともに健康な状態で生まれてきたことに一安心。
大変な妊娠生活、出産を頑張ってくれた妻には感謝です。

 

そして1時間、妻と赤ちゃんとの初めての時間を分娩室で過ごした後、私は帰宅しました。

 

育休生活の始まり

 

妻と赤ちゃんが入院している5日間、まずは第一の試練としてイヤイヤ期まっただ中の1人目の子(当時2才)と私との2人暮らしが始まりました。

なんとか慣れない家事をこなし一日を過ごしていきましたが、夜寝る時にその時はやってきました。

いつも通り絵本を読んでこのままスッと寝てくれるかと思いきや「ママ~!ママ~!」とギャン泣きが始まりました。

抱っこしても、別の絵本などで誤魔化そうとしてもどうにもなりません。結局1時間以上泣き続けて、疲れて寝てくれました。

そんな育休の洗礼を受けた次の日、上の子を連れて病院に面会へ。

赤ちゃんを抱えるママを始めた目にした上の子は、私のママが取られた!と言わんばかりに大泣き。その場は大変でしたが、妻は少し誇らしげな顔。

それだけの時間を上の子と過ごしてきたんだなーとほっこりしていると、私の体に異変が。

ちょっと顔が赤くなってきて、頭がボーっとしてきたのです。

昨日の夜泣きで寝不足かなと思いましたが、念のため熱を測ると38℃を超える熱。
そのまま病室のベッドで休ませてもらうことになりました。

この時のことを妻は「面会に来たパパがベッドを占領するなんて衝撃的だった」と今でも茶化してきますが、

振り返ってみると、前例のない男性育休へのプレッシャー、
妊娠中の妻やまだ小さな子どものことなど知らない間に疲れが溜まっていたのかなと思います。

 

そして体調不良の中なんとか5日を乗り切り、妻と赤ちゃんは退院。

なんともあわただしくスタートした育休生活でしたが、ここから本当の家族4人の生活が始まるのでした。

 

<なんとか赤ちゃんを抱っこして写真が撮れました>

パパにもおっぱいがあれば

 

赤ちゃんは、想像していたより「おっぱい」が中心の生き物でした。

恐らくママのことは、おっぱいに顔がついているくらいに思っているはずです。
おっぱいがないと赤ちゃんは生きていけないし、ママがおっぱいをあげている姿を見ていると
心まで繋がっている感じもします。

パパにもおっぱいがあればなーといつも考えますがそれは無理なので「
代わりにミルクをあげたいな」とか思ったりするわけですが、

ママいわく「おっぱいあげないと張って痛くなるし、
母乳は免疫あるっていうし、なによりおっぱいあげてる時が幸せなんだよねー」だそうです。

これは長期間、身体の自由を奪われ、お腹の中で赤ちゃんを育て、実際にお腹を痛めて生んだ
ママの特権なんだと私はあきらめることにしました。
(もちろんママの母乳がでない時や予定がある時などは普通にミルクをあげます)

パパはおっぱい以外の方法で、赤ちゃんに関わるしかないようです。

 

なんとか乗り切った1カ月

 

最初の1カ月間、家のことはすべて私がやる必要がありました。

慣れない家事、子どもの世話など「いままでやってこなかったからしょうがない」
と自分に言い聞かせてきましたが、さすがにしんどい。

妻は動きたくても動けないという状態なので、パパの未熟な家事に不満が溜まり、
時には言い争うこともありましたが、なんとか1カ月を乗り切りました。

出産1カ月後の母子健診を終え、ようやく妻も少しずつ動けるようになりました。
家事も育児も2人で分担し、お互いに少し余裕がでてきて、外出もするようになってきます。

さすがに赤ちゃんを連れまわすにはまだ早いので、私は上の2歳の子と親子プール教室や体操教室、支援センターに行くようになりました。

そこではどこへいってもママしかいません。

「不審者がられているんじゃないか」「仕事してないと思われてるかも」
など勝手な被害妄想をしながら、シャイな私はなかなか周りの人に話しかけることもできず、
ひたすら子どもとの時間を過ごしました。

最初こそ、みんなの前で声を出して手遊びをすることに照れたりしていましたが、
全力で楽しんでいる子どもやママたちの姿を見ていると自然とそれができるようにもなってきます。

体を動かした夜、子どもは早く眠りについてくれます。
そして1日を通して赤ちゃん言葉しか喋らなかった私は「脳が退化しそう」という危機感を感じて、
子どもが寝た後に読書や勉強をやろうと決意します。

しかし気づいたときには朝で「いつになったら自分のための時間を作れるんだろう?」と思いながら1日がまた始まるのでした。

 

<とある1日のスケジュール>

 

パパでもママになれるかも

 

そんな家族中心で生活する日が何日も続いていくとちょっとした変化が訪れました。

いつも「ママ~!ママ~!」と言っている我が子。

パパとママが混ざって「パマ~」とか、
なんならママのことを「パパ!」、パパのことを「ママ!」と呼ぶようになってきました。

「あれ?これってもしかしておっぱいがなくても、
パパでもママのような存在になれている
のでは?」と思えてきます。

 

ただの子どもの言い間違いに浮かれているだけなのですが、
それだけの濃密な時間を、ママはそれまで子どもと過ごしていて

今回、パパは長い時間を子どもと過ごすことによって
「ママ」の仲間入りできたような気がして少しうれしくなったのでした。

 

1回目の育休3か月で気付いたこと

 

「主体的に育児をすることが、こんなにも人生を充実させてくれるとは思わなかった」
というのが初めて育休を取って3か月間ずっと子どもと過ごした感想です。

3か月を振り返ってみると、
最初の1カ月は妻が動けない中、慣れない家事と育児で大変なことばかりでしたが、

2か月目からは、子どもの成長、家族の時間を楽しめる余裕が少しずつでてくるようになってきます。そして子どもとの信頼関係、家族の基盤ができてきたと感じ始めたとき、育休は終わりました。

育休取る前は3か月は休み過ぎかなと思っていましたが、いざ取ってみると「最低でも3か月は必要」と思うようになりました。

たった3か月でも、職場を離れる不安が滅茶苦茶あり、一日中家族と過ごすことで感情的になってしまい自己嫌悪に陥ってしまうことも多くありました。

1年以上の長期間休むことが多いママたちの不安や大変さは計り知れないことも実感できました。

そしてそれらを凌駕するかけがえのない子どもとの幸せな時間があることも。

 

 

この育休で家事育児のスキルアップはもちろん、多くの気づきや学びもあり、育休に育てられたパパでした。

 

最後に妻から職場に向けた手紙の内容を紹介します。

 

次回は、1回目の3か月の育休を終え、いよいよ職場復帰。
共働き子育ての話をしていきたいと思います。

辻 竜也

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1988年生まれ、福岡県出身。15才で愛知県豊田市へ移住。製造業会社員として働く三児の父。2021年、子どもと参加した農体験で里山の魅力と課題を実感した経験...

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