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卵の美味しさの理由を探したら、農園主の優しさに出会った【モヤモヤ大学生の旭暮らし回想録#4】

コラム

モヤモヤ大学生の旭暮らし回想録では、現役大学院生の市川里穂さんが、大学生だった頃、豊田市旭地区に短期滞在したこと、その前後をふり返ります。田舎出身なこと、自分について、モヤモヤしていた里穂さんの目に田舎はどう写ったのでしょう? カバー・文中イラスト:るり(Twitter@kknk_1217)

〜あらすじ〜
高校まで、“何もない”農山村で生まれ育ち、息苦しかった私。大学で都市部に出るも、なぜか心が満たされずモヤモヤし続ける日々…。大学2年生の時、ひょんなことからTEDxNagoyaUを見に行き、そこで出会った高野先生が住む豊田市の中山間地域・旭地区にお試し移住をすることに。夏休みの3週間、福蔵寺を拠点にしながら移住者の暮らしに密着させてもらう。

前回のコラムはこちら

 


 

まだねむい、福蔵寺でのとある朝。眼をこすりながら居間へ行くと、高野先生が、「1個100円のたまごがあるよ、食べてみる?」とうれしそうに声をかけてきた。

 

普段、1人暮らしをする大学生の私にとって、「たまご=10個入りで88円」のイメージだった。何をどうしたらそんなに値段が変わるんだろう?と不思議だった。

 

見ると、居間のこたつ机の上には、可愛らしい8個入りのたまごパックが置いてあり、それを囲んで福蔵寺の住人たちが卵かけご飯を食べている。

 

高野先生が「味付けしなくてもおいしいよ」と言うので、白いご飯の上にポトンと落とし、そのまま食べてみた。

 

すると、食に無頓着な私でもわかるくらい甘くておいしい。それにいつも食べているたまごとは違い、黄身がオレンジっぽくない。

調理に手間をかけなくても、スッと心が満たされていくような味に感動した。

 

この美味しい卵を生産しているのは、旭地区の「てくてく農園」さんだ。

2011年に旭に移住された横江克也さん、晴菜さんご夫婦で経営されている。

福蔵寺のご縁市で初めてお会いした時から、お二人はふわっとした笑顔が特徴的で、たたずまいから優しさがにじみ出ているなぁ、という印象を受けた。

 

とある日、私は、克也さんに1日同行させてもらって、ニワトリさんのお世話をさせてもらった。

 

「まず、ニワトリさんたちのご飯づくりをしましょう」と克也さん。

旭でとれたお米、米ぬか、お豆腐屋さんのオカラ、野菜と、腐葉土、カキの殻、農園の草を手で混ぜていく。えさは発酵しているので、手にポカポカとあたたかい感触が伝わってくる。でも、不思議とイヤなにおいはなく、おいしい香りがした。

 

克也さんは、「家でごみになった野菜もご飯としてニワトリさんにあげてるんだよね」と話していた。なるほど、ニワトリもおいしい野菜が食べられるし、家庭からのごみも減るし、一石二鳥だなぁ。

 

その後、えさを鶏舎へ運んでいく。

よっこらしょ、と扉を開けて鶏舎へ入ると、ニワトリさんたちがてくてくと歩み寄ってきた。

克也さんは、心底うれしそうにしゃがんでニワトリさんと目を合わせていた。かなり距離が近い。惜しみなく愛を注ぐ姿はまるでムツゴロウ動物王国の畑正憲さんのようだなぁ、と思った。

ここで飼われているニワトリさんたちは、名古屋コーチン。みんな毛並みがツヤツヤで、穏やかな目をしていた。仲間どうしでいがみ合うこともなく、ゆったりと食事を楽しんでいた。

 

私は思わず、幼稚園で飼っていた気性の荒いニワトリたちを思い出した。

「なんでこんなに穏やかなんですか、ここのニワトリさんたち…?」と克也さんに聞くと、

 

「ここは平飼いだから、ストレスがかからないからだね」と教えてくれた。

 

“平飼い”ってなんだ…??と首をかしげていると克也さんは続けた。

「鶏舎の中で、ニワトリさんを広い地面に放して飼う方法だよ。あちこち自由に動き回って運動できるのが良いところなんだよね。

逆に、一般的な1パック約200円の安い卵って、“ゲージ飼い”で育てられたニワトリさんから生まれてるんだ。生産性重視だから、何百万羽ものニワトリを、何段にも積んだ狭くて薄暗いゲージで飼ってる。だから、1羽のニワトリが一生に動き回れるのはA4コピー用紙の半分の面積しかないんだ」

 

“一生に動き回れるのがA4コピー用紙の半分の面積”…???

 

衝撃的すぎる。眼前で、悠々と動き回るニワトリさんたちを眺めていたので、その言葉は強烈だった。

 

克也さんはニワトリさんたちとたわむれながら、こんなことも教えてくれた。

 

「あと、雌のニワトリは生まれて2年で卵を産まなくなるから、殺されて食用肉にされてしまう。人間で言うと30歳過ぎまでしか生きられない。だから、一生で初めて陽の光を見るときは、出荷されるときなんだよね」

そんな、酷すぎる。呆然としていると克也さんは

 

「でも、僕にとってニワトリさんたちは家族だからねぇ。ここのニワトリさんは、一生を終えるまで大切に飼ってるよ」と教えてくれた。

 

また、私が「いつもは1パック100円しないたまごを買って食べてるんですけど、ここのたまごは黄身がオレンジがかっていなくて黄色だなぁと思いました」と言うと、

 

「美味しく見せるための着色料を使ってないからだよ。あれは、パプリカの色素なんかをエサに混ぜて、黄身をオレンジっぽくしてるんだよね。でも、ニワトリさんが育つには特に必要ないものだよ」と教えてくれた。

 

そうか、たまごがオレンジ色なのって、着色料を使ってるからなのか。

知らなかったのでびっくりした。ってことは、おいしいえさを食べて思う存分運動できるニワトリが産むたまごは、着色料なんかで印象を操作しなくても十分おいしいんだなぁ。

 

 

…その後スマホで、ゲージ飼育について調べてみたが、写真の中のニワトリたちは毛並みがボロボロで目が充血していた。

でも、私がこれを心から「おかしい」と思えたのは、てくてく農園の幸せそうなニワトリさんたちを、比較対象にできたからなのかもしれない。

 

自分も農山村出身な割に、「普段いただいている命がどのような一生を過ごしているのか?」への関心が薄かったなぁと内省する。あまりの無頓着っぷりにしんどくもなってきた。

 

 

ニワトリの世話をした後に畑作業も手伝ったけれど、克也さんはわたしに「無理はしないでおこうね」とよく声をかけてくれて、地べたに座って休んだ。いつも多めに休んでいる、とのことだった。

なんとも風が心地よくて幸せだった。休んでいるときは、晴菜さんや息子さんへの想いを聞かせてくれた。どこまでも家族愛であふれた人だというのが伝わってくる。

 

15時ごろに仕事を終えて、横江さん宅へ戻ってきた。

横江さんご夫婦には息子さんが一人いらっしゃって、克也さんは息子さんを見るなり高い高いをし始めた。息子さんは遊んでもらってキャッキャと喜ぶ。そのあと、親子で愛犬モモちゃんのお腹にダイブしている光景が“幸せ”そのもので私は涙が出そうになった。

 

一日中、私は克也さんの「家族(ニワトリも含む)」にとことん愛情を注ぐ姿に胸を打たれっぱなしだった。農家として父親として。責任ある命が多いぶんきっと見えない苦労もある。

でも克也さんは、一瞬一瞬、目の前の命の健やかさを心からうれしがり、仕事でも無理はしすぎないようにしていた。というか、「家族」に優しくするために、あえて多めに休んでいるようにも見えた。

 

私は休む のが下手くそだった。頑張っているときの高揚感が、疲労へのセンサーを鈍らせていき、結局人に迷惑をかけてしまうことがよくある。
 
そんな時は、克也さんを思い出して「他人に優しくするため」に休むようになった。そして、その分「よーしよしよし!」と言わんばかりに、伝わる形で周囲を温めていけたらそれでいいのだと思っている。それができたら、きっと人は充分えらい。

市川里穂

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大学時代、モヤモヤしていた頃、TEDを聞いたことがきっかけで豊田市旭地区のお寺に飛び込み滞在。「ミライの職業訓練校」に参加し、人生のモヤモヤを更に深めつつ、...

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