ドラえもんを本気でつくる大澤先生が教える『新しいものさしは自分でつくる』の意味〜中高生座談会レポート前編
ものさし。物の長さを測る用具の名前。その意味が転じて、何かを判断したり、評価したりするときの尺度や、よりどころを指す時に使われる。
みなさんは、日々の暮らしの中で、どんな「ものさし」を使って判断や評価をしているだろう。
突然だけれど、今、豊田市民にとって、新たな「ものさし」になり得る条例が制定されようとしているのでお伝えしたい。
名前は、「(仮称)豊田市山村地域の持続的発展及び都市と山村の共生に関する条例」。豊田市が2022年1月の施行を目指し準備を進めている。
そこには次のような背景がある。豊田市は平成17年に合併して「都市と山村の共生」という理念のもとにまちづくりを進めてきた。市が運用する空き家情報バンク制度では年平均50世帯が山村地域に移住。今では地域住民と移住者が担い手となり、都市部企業や都市部住民と共働した取り組みが活発だ。一方で、今後も人口は減少していくことが予測される。
「山村」ってどんな場所だろう。森林、田畑、川、空気。無償だけれど生きる上で欠かせない自然がある。自然と暮らすために先人が培ってきた知恵や技がある。山村があるから私たちはその恩恵を受け、豊かに生きることができる。そんな場所ではないだろうか。
社会環境のデジタル化、持続可能な社会づくりへの人々の意識の高まりから、改めて山村に目が向き始めている今、人口減少で山村が消滅していくのを黙って見ていてはいけない。街に住んでいようが、田舎に住んでいようが、豊田市住民みんなで「山村って今も、これからも大切だよね」という「ものさし」を共有し、暮らしの中のふとした瞬間に思い出そう。それをよりどころとして行動しよう。今回制定に向かっている条例は、簡単にいえばそのような内容だ。
この条例は、2020年9月から4回にわたる委員会で、市民13名、学識者3名により内容が検討されてきた。最終段階にさしかかり出てきたのが「大人の意見だけでなく、若者の意見もぜひ取り入れるべきだ」という声。
それを受け、2021年8月5日、愛知県立足助高校を会場にして「中高生が山村の価値・魅力を考える座談会」が行われた。会場である足助高校で参加したのは、足助高校から4名、足助中学校から2名の生徒、そして日本大学の学生であり次世代社会研究センターRINGSメンバー1名。旭、小原、稲武、下山中学校からの2名ずつとRINGSメンバー4名は、ビデオチャットサービスを利用してオンライン参加した。
座談会の前に講師として登壇したのは、日本大学文理学部助教、RINGSセンター長の大澤正彦さん。大澤先生は「ドラえもんをつくる」というビジョンを持った人工知能(AI)の研究者だ。今回「ドラえもん先生と考える山村のミライ〜新しいものさしは自分でつくる」というタイトルで、最新のAI研究をベースにした講演をした。
このレポート記事ではワクワクするような大澤先生のレクチャーを追体験してもらえるように、できるだけ当日の講演に忠実にレポートしようと思う。なぜ新しいものさしを自分でつくることが大事なのか、ぜひ一緒に考えてほしい。
別記事となる後編では、中高生が感じている山村の価値・魅力、それを共有したワークショップについてお伝えする。もしあなたが大人だとしたら、彼らの言葉にどんなことを感じるだろう。
大澤正彦(おおさわ・まさひこ)日本大学文理学部情報科学科助教。次世代社会研究センター(RINGS)センター長。1993年生まれ。幼少期よりドラえもんをつくることを夢見て活動。2014年日本最大級の人工知能コミュニティ「全脳アーキテクチャ若手の会」設立。2020年慶應義塾大学大学院博士課程修了。2020年より現職。著書に『ドラえもんを本気でつくる(PHP新書)』。
次世代社会研究センター(Research Institute for Next Generation Society,略称RINGS)「名目だけの産官学連携」からの脱却を目指し、社会課題を解決していくためのコミュニティベースの研究センター。2020年12月23日時点で、豊田市を含む8団体とパートナーシップを結んでいる。
AIと人間、どちらが賢い?
大澤先生は、ほがらかに「こんにちは!」と切り出した。生徒のみなさんが「こんにちは!」と返すと、
「僕はコミュニケーションの研究もしていて、どれくらいの返答スピードで、どれくらいコミュニケーションの準備ができているか予想できます。今、すごく良い間合いで答えてくださったので、聞いてくださる気でいるんだなとわかりました」
「今日は、『新しいものさしは自分でつくる』というタイトルで、人工知能の話題を使ってプレゼンしていこうと思います」
大澤先生は早速、ひとつの問いを投げかけた。
「突然ですけど、AIと人間ってどちらが賢いと思います?AI対人間の3本勝負をしてみたいと思います。みなさんにAIと戦ってもらおうと思います。まずは敵を知るところからですね」
外国映画の一場面がスクリーンに映された。パッ、パッと画面が変わるごとに、四角い枠が次々と現れ、画面に写っている人・モノの名称を表示している。AIは、どこに何が出ているのか、人なのか、トラックなのか、車なのか、瞬時に判断しているという。
「画像認識の分野は、かなり進んでいます。じゃあ、次はみなさんの番です。ちょっとしたワークをしてもらいます」
黒い服を着た3人のチームと、白い服を着た3人のチームがバスケットボールのパスをする。それぞれのチームが1個ずつボールを持って同じチームの人にパスをしていく。大澤先生から、「白チームが何回パスをしたか数えてください」と言われた後、流れてくる動画を真剣に見つめる。
答えは16回。さすが中高生のみなさんはほとんどが正解だった。会場にいる大人は15回と答えた人が多く「気になりますね」と大澤先生が少し笑った後、意外な問いが投げかけられた。
「映像の中で、ゴリラが横切ったのに気づいた人?半分くらいですね。カーテンの色が最初と最後で変わっていたのに気が付いた人?じゃあ黒チームの人が一人抜けて、二人になったのに気が付いた人?」
中高生のみなさんは手を挙げているけれど…
え!本当に?もう一度映像を流してもらうと、確かに言われる通り…。
「画像認識のAIだったら全部完璧に見つけられるので、どうやら人間の完敗のようですね。次は勝ってくださいね」
大澤先生はニッコリと微笑んだ。
何を元に判断しているのか
AI対人間の第2戦目。まずは人間の能力に関する動画を見せてくれた。大きな会場に満席と思われる観客。ステージには一人の男性が飛び跳ねると同時に「パーパー」とある音程の声を出している。同じ音程で、観客にもリピートするように促すと、「パーパー」と返ってきた。その位置から、横に飛んだ時には、一音高い音を出すように男性が教えると、観客はきちんと要望に応えた。
男性が横に飛んだ位置から、さらに横の位置に飛んでみると…
「教えてもいないのに、観客は次の高さの音を勝手に予想して声に出します。さらに横に飛んだ、ということから判断して音を決めているということですね」
次に、AIの能力についてエピソードを紹介してくれた。
以前、ある場所で、戦車が写真に写っているかいないかを判定するAIを作ってくださいという依頼があったという。
「できたんですって。正答率100%。でもある人が気づいたそうです。戦車が写っていない時は青空、戦車が写っている時は、青空じゃない。これは戦車の有無じゃなくて、空の色で判断していませんかと指摘した。調べてみたら、空で判断していたそうです」
何を見て判断しているのかわからないAIと、横に飛んだという事実から判断できる人間。
「これは人間の勝ちと言えますね」
1勝1敗。
ロボットさん、ロボットさんゲーム
勝負を決める最後の戦いは何だろう。
「ロボットさん、ロボットさんゲームをします。衝撃なことを言いますね。実は会場にいるみなさんは、僕が作ったロボットです!」
(会場・オンライン)「・・・・」
「世界観に乗っかっていくというのは大事ですよ(笑)ではもう一度、みなさんは僕が作ったロボットだったんです。え〜〜〜!?」(大澤先生、耳に手を当てる)
(会場・オンライン)「え〜〜〜!?」
ロボットは大澤先生の命令を聞かなくてはいけない。「ロボットさん、ロボットさん、右手を上げてください」と言われたら右手を上げる。必ず「ロボットさん、ロボットさん」と2回呼びかけられた時だけ、指示の通りにするという説明を受けた。
「いいですね。じゃあ始めます。みなさん、1回立ってください」
「はい、今立った人、みんなアウト〜!10秒前にルール言ったじゃないですか。ロボットさん、ロボットさんと2回呼びかけられた時だけって。みなさん騙されましたね。AIだったら騙されないですよね。Hey Siriって呼びかけてないのに反応するってないですよね。あるルールを守ることにおいて、AIの方が強いみたいですね」
1勝2敗で、AIに負けてしまった。
本当に勝負はついたのか?
人間代表として戦いに臨んできた会場とオンラインの参加者は、落胆のような、腑に落ちないような表情。そこに大澤先生が切り出した。
「みなさん、この結果にモヤっとしてもいいですよ(笑)3つの戦いについて、冷静に振り返ってみたいと思います」
まず最初の戦いについて。ゴリラやカーテンの色の変化を人間が見逃すのは、選択的注意(Selective attension)という認知機能を人間が持っているからだという。
「人間は目に入ってくる膨大な情報があっても、集中することを決めると、その情報だけを抽出して他に意識が向かないようにできる。AIがやろうとすると、すごく難しいんです。1戦目は人間の勝ちと言ってもいいかもしれません」
次は2戦目について。何らかの特徴を見て判断することは、AIも人間と同じようにできるようになっているという。その上で、今回は空を基準に判断したからAIはダメということになった。
「判断する能力は確実にあるのに、人間に都合の良い判断をしたらOKで、人間の意図に合わない基準で判断したらダメだと言われるのは、AIにとっては迷惑な訳ですよ。2戦目は引き分けとも言えますね」
3戦目については、こう話した。
「みなさん、ロボットさん、ロボットさんって言われていないのに何で立ってしまったんでしょうね。それは僕の意図を読み取る能力があるからだと思います。相手の意図を読み取って、意図にもとづいて判断することができれば、ロボットは人間の友だちのような存在になれるということが最近の研究でわかってきました。でもこれは、AIにとっては難しくてなかなかできない」
では、3戦目は人間の勝ちということだろうか?
東京大学は絶対にすごい?
「僕、結論ないと思うんです。AIと人間を比べるときに、こういう基準なら、AIとか、人間が優れているということは言えると思います。でも『絶対的にAIの方がすごい!』、とも『絶対的に人間の方がすごい!』とは言えない。数学のテストで点数が良い人と、国語のテストの点数が良い人、どっちがすごいって言えないじゃないですか。どっちがすごいというのは、ものさしがある時に考えられることなんだよ、というお話をしていこうと思います」
「ものさしがなくて優劣がつくということは無いです。例えば野球のイチロー選手と、将棋の羽生さんはどっちがすごい人ですかと聞かれてもわからないですよね、きっと。基準が違いすぎて。ではこう聞かれたらどうでしょうか。東京大学と日本大学どっちがすごいでしょう」
ほとんどが「東京大学」の方で手を上げた。
「みなさん、日本大学の助教と学生がいる中でよく手を上げましたね(笑)怒らないから大丈夫ですよ。これは、偏差値という既存の大学入試のために作られた基準にあてはめると、東京大学がすごいとなるかもしれない。でも、それぞれの大学に通っている学生を見て、どっちがすごいとは言えないはずです」
「極論言えば、偏差値30の人と、70の人、どっちが賢いですかと聞かれても明確な答えは出ません。大学・高校入試が得意なのは偏差値70の人かもしれない。けれど30の人は賢くないということではないんです」
自分のものさしを定めても良い
私たちは、誰かが決めたものさしに囚われすぎている、と続けた。学校の成績、受験の偏差値、中卒、高卒、大卒、部活の成績…全部が人に決められた価値軸。そこで成果を出すことができることはすばらしいことだけれど、それだけに囚われることはないと。
「僕はドラえもんを作ろうと思ってずっと生きてきました。何ができたらドラえもんになるのか、どうやって測れば良いのかずっと悩んできました。ここにいるみなさんに、どうなったらドラえもんだと思うか聞いてみて良いですか?」
(足助高校生徒)「4次元ポケットがある」
「良いですね。あなたは?」
(足助高校生徒)「ネズミを怖がる」
「確かに!」
何ができたらドラえもんなのか、人によって全然違うことに悩んだ時期を経た大澤先生。『みんなに愛されるドラえもんを作る』『みんなに愛されるロボットを作る』『ドラえもんだと思ってもらえるロボットを作る』という自分のものさしを定めてからは、研究を確実に前進させることができるようになってきたという。第1歩として取り組んだのが、『ミニドラ』を作ること。
「研究した結果、こんなロボットを作るのがベストだと思いました。真っ白で、顔がない。2頭身で、ドラドラってしゃべります。ドラえもんだと思って見ると、ドラえもんに見える。ミニドラだと思って見ると、ミニドラに見える。そんなところを目指して作りました」
「抽象的な見た目だから、例えばこの子が可愛い声を出していると笑っているように感じる。そんな効果がうまく引き出されます。しかも、『ドラドラ』しかしゃべれないのに、人間としりとりができるんです。嘘だと思いますか?実際に見てみましょう」
映像では、若い女性とロボットがしりとりをする実験が流れた。「りんご」と言った女性に「ドララ」と返すと「ゴリラって言ったの〜?じゃあ、ラッパ」というようなコミュニケーションが取られている。
「実験が終わった時、女性は『完璧にこの子の言うことがわかった。可愛いくて仕方がないです』と言ったんです。でも、彼女の理解はほとんど間違っていました(笑)意味を含んだ言葉を使わないからうまくコミュニケーションが取れる。犬とのコミュニケーションに似ているんですよね。家に帰ってきて、『わんわん!』と近づいてきたら『おかえりって言っているの?ありがとう!』となるけれど『お腹空いた!』と言いながら寄ってきたら『私だって疲れてるから、自分で食べてよ!』とケンカになるかもしれませんよね」
引き算じゃなくて足し算の生き方もある
ドラえもんを作りたいという自分だけのものさし、価値軸から外れることなくやってきた大澤先生は、汎用人工知能で博士号をもらった日本で唯一の研究者になった。
「ものさしには、引き算のものさしと足し算のものさしがあると思っています」
誰かが決めた100点から何点落とさずに済むかという引き算のものさしで測っていると、例えば『英語の成績が悪いから、海外では働けない』と可能性を狭めてしまうことにつながる。
「ゼロから好きなことを足していってもいいと思うんです。満点が決まっていないので、みなさん好きなこと、得意なことで自分のものさしを決めて、どんどん足していけば良いと思っています。それが中学高校で成績に反映されなくても、良いと思うんですよ。もし他人が決めたものさしに苦しめられているのであれば、別にそこから抜け出して良いと思います」
「足し算をしていくと、掛け算が起こります。僕の場合は、小学生でロボットを作り、高校生でプログラミングを勉強し、人工知能の分野に出会って、そこから神経科学、脳科学を勉強したり、認知科学の分野を研究したりしてきました。色々足し算してきたことが掛け合わさって、人の本質を見つめる知能研究者になれたと思っています」
掛け算は、一人でやらなくても良い。仲間がつながって、チームとして価値創出していくことは素晴らしいこと。つながることで、新しい社会に向けて進んでいくために2020年12月に立ち上がったのが、大澤先生がセンター長を勤める次世代社会研究センターRINGSだと説明した。
「僕の目標は、100人で100人の夢を叶えることです。100掛ける100で、1万人分のパワーが出せると思っていて。協力関係を結んでいくことが、次の時代のメインエンジンになる。そう考えています」
後半のワークショップでは、中高生とRINGSのメンバーが一緒になって、『山村地域のものさしの足し算』をしてみて欲しいと大澤先生。
「僕のプレゼンの前に、太田稔彦市長がこう言われていました。『以前、山村地域の中学を回ると、ここには何もないという意見が多く聞かれた』と。そんな減点法で測らなくても良いと思います。あれもある、これもある、と足し算していくことで、ここにしかないもの、ここでしかできないこと、みなさんにしかできないことが見つかってくると思います」
情報があふれる今、中高生でなくても他人の生き方ばかりが目に入り、自分のものさしを持つことを忘れてしまいがちになるのが今の社会ではないだろうか。大澤先生の「他人のものさしに囚われず、自分のものさしを持つ」という言葉は、印象深く心に残った。
真剣なまなざしで聞き入っていた中高生のみなさんはどう感じたのだろう。山村の価値・魅力について3グループに分かれて話すワークショップで、どんな意見が出たのだろうか。
きうらゆか
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プロフィール撮影 永田 ゆか
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