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【モンゴル】遊牧民への敬意を胸に、大好きな日本とつなぐ|知りたい!世界の田舎事情vol.3

レポート

大好きな日本とモンゴルの懸け橋に。
そんな思いをこめた「空飛ぶ羊」という屋号で、豊田でモンゴル産のカシミアやヤクの靴下などを扱っているダリさん。お店ではフェアトレードの珈琲をふるまい、出会った人ひとりひとりやご縁を大切にしているのが伝わってきます。

ダリさんから見た、モンゴルの田舎、遊牧民の伝統的な暮らしについて教えてもらいました。


 

プレブドルジ アリューンダリ  モンゴル・ウランバートル出身。豊田市在住。日本に憧れウランバートルの日本語学校で学び、来日。観光業に携わるが、観光ではモンゴルの役には立てないと感じて、特産である毛を活かしてなにか仕事づくりできないかと京都芸術大学大学院で繊維について学ぶ。遊牧民から毛を仕入れて作った靴下や腹巻、小物などの販売をイベントやオンライン、委託販売でスタート。毛のものづくりの可能性を広げるため、ファッションショーを開催。2021年9月、豊田市桜町に実店舗もオープンした。大好きな日本とモンゴルの懸け橋に、という思いを込め、「空飛ぶ羊」という屋号をつけている。滋賀県出身の旦那さんとは大学院で出会い結婚し、旦那さんの仕事で豊田市へ。4人のお子さんの子育て中でもある。

 


田舎に興味のない若者だった

 

プレブドルジ アリューンダリさん(以下、ダリさん)私が、モンゴルの伝統的な遊牧民の暮らしと出会ったのは、実は日本人の女の子がきっかけだったんです。

戸田 えっ?どういうことですか?

ダリさん 私の生まれ育ちは、モンゴルの首都ウランバートルです。日本の洗練された都会的な暮らしに憧れている若者で、田舎には行ったことがなく、興味もありませんでした。

戸田 そうだったんですか。

ダリさん ウランバートルの日本語学校に通っている19歳のとき、その日本人の友人と出会いました。彼女に「遊牧民の暮らしをぜひ体験したい」と熱望され、通訳も頼まれて、しぶしぶ一緒に遊牧民のお家に1か月ホームステイしました。それが、忘れがたい経験になりました。

モンゴル大学で日本語を専攻していた頃の写真(最後列中央がダリさん)

 

戸田 どんなことを経験されたのですか?

ダリさん モンゴル人の私が言うのも変ですが、カルチャーショックでした。都会の暮らしに比べて、自然が厳しくて。朝晩の冷えこみや、遮るもののない強い日差しと吹き荒れる風…そんな厳しい環境で、住まいは持ち運べるような質素な作りですし、持ち物もとても少ないのが強く印象に残りました。冷蔵庫ももちろんなく、食べるものも質素です。お風呂に入ってほっとする…どころかお湯も出ません。
私はずっと便秘で。髪も手も荒れて、早く帰りたい!って正直思っていました(笑)。

戸田 実は、私も体験してみたいです(笑)日本人の女の子は、どうでしたか?

ダリさん 彼女はそういう暮らしの価値をその時からよくわかっていました。モンゴル人の私よりずっといきいきとして、すっかり馴染んでいて。それがまず衝撃でした。それと、ホームステイ先の小さな子どもたちのしっかりした姿も衝撃的でした。馬を上手に操って羊たちを放牧していて。私は馬に乗ることすらままならない(笑)。馬は、主人をよく見分けるんですよね。

戸田 その時の経験が、ダリさんの今の仕事とつながっていますか?

ダリさん その後すぐに、遊牧民とかかわるような仕事をしたわけではなくて、日本語学校を卒業して、学んだ日本語を活かして観光の仕事や通訳をしばらくしていました。でも、観光業では本当のところではモンゴルに貢献することはできないと感じたんです。それで、特産品である羊やヤクなどの「毛」をいかしてモンゴルに仕事を生み出すようなことが何かできないだろうか、と考えたのが今につながります。今思うと、あの19歳の時のカルチャーショックが影響しているかもしれないなと思います。

戸田 今は、遊牧民の暮らしとどのようなかかわりがありますか?

ダリさん 靴下などの原材料の毛を直接仕入れさせてもらっています。それと、女性たちの伝統的な手仕事による商品を日本で販売しています。これまでも何度も足を運んでやりとりしてきました。最近はコロナで行けないので、モンゴルにいる妹がやりとりしてくれています。

戸田 どんな思いでかかわっていますか?

ダリさん 今は、モンゴルの伝統を今に引き継いでくださっていることに「ありがとう」と思っています。自然と調和した暮らしは、もっと世界的に価値を見直されてもいいのではと感じます。
かといって、私が遊牧民の暮らしを毎日できるかと言うと、正直できないと思います。でも、なにか役に立てることはできないか。そう思っています。モンゴルの人のなかには「国に貢献したい」という感覚が一般的にあるんですよ。

 

遊牧民の暮らしに敬意と感謝をこめて

戸田 ダリさんから見て、遊牧民の暮らしの印象的なことはどんなところですか?

ダリさん そうですね、あまりしゃべらないことかな(笑)

戸田 しゃべらない。それはどういう意味で印象的でしたか?

ダリさん あいさつとか、ありがとうとか、日本ではとても言葉を大切にしますね。お店でも「いらっしゃいませ」と必ず声を掛けますし。そういった細やかさや丁寧さは、日本の良さだと思います。
あちらのお家では、家族の間でもあいさつもあまりしないです。いちいちありがとうとも言いません。

戸田 でも、それが「冷たい」とか「仲が悪い」ということでもない、という感じなんですね。

ダリさん そうなんです。なんというか、言葉のいらないというか。子育てのなかでも「親が子どもたちにあまりあれこれ言わない」という印象が強いです。モンゴルでは子どもが親を尊敬するという感覚が今も普通にあるのですが、親も子どもたちを信頼しているということなのかなと感じます。馬の乗り方や放牧の仕方なども、いちいち言葉で説明しません。子どもたちは親の姿をよく見て技を身につけ、家族の一員として役割をしっかり担っている感じがします。

戸田 日本の昔の農村にも、そういった光景があったのでは、と思います。

ダリさん 今、日本で子育てしていて、あれこれ言いすぎてやしないかと気になります。ごはんの食べ方とかいちいち、主人も厳しいほうなので(笑)それと、遊牧民の家には持ち物がとても少ないことも、よく思い出します。こんなにたくさんのものは、ほんとうに必要なんだろうか?とか、今の暮らしでふと考えます。こんなにたくさん作って、たくさん捨てる暮らしは、本当にしあわせなのかな、とか。
物に囲まれて余計にそれがストレスになっていないか?とも。

戸田 日本でもミニマリストが増えていますし、共感する人も多いのではと思います。少ないもので、どのような暮らしをしているんでしょうか?

ダリさん 遊牧民はヤクや羊、ラクダなどの動物と一緒に暮らして、そこから暮らしに必要な恵みをほとんど得ています。刈った毛はフェルトにします。大きなフェルトはあたたかく丈夫なので地面に敷いてそのうえで生活します。フェルトは家(ゲル)にも使いますし、身につけるものにもなります。動物は、乗ることで移動手段にも。乳やお肉は食用として頂きます。

 

戸田 どのようなものを食べていますか?

ダリさん 伝統的には、一日3食という習慣はなくて日中は小腹がすいたらチーズをかじったり、朝にヨーグルトを食べたりする程度で。夕方にたっぷりスープなどを作ってしっかりと、という感じです。動物の命を頂くときは儀式をして、血も内臓も余すことなくすべて大切に食べます。骨はスープに、肉は干して保存して少しずつ頂きます。血はソーセージに。血のソーセージ、美味しいですよ。

戸田 そうなんですか!野菜は?畑をしたりはしますか?

ダリさん 遊牧民の価値観の中で「土を動かさない」というのがあって。なかには、少し畑をしたりする地域もあるようですが、基本的には畑はないです。チーズは保存がきき栄養が豊富なのだと思います。

「土を動かさない」ので、動物の命を頂くときも、捨てる(埋める)ことなくすべて大切に頂きます。ちなみに人間のトイレも…埋めたりしないです(笑)

戸田 なるほどー!埋めないならどのようにしていますか?

ダリさん 草むらとか、そのへんで(笑)最近は、観光やホームステイが増えたので、ちょっと場所を作って埋めたりもするみたいですが。
ほかにも、街の暮らしも入ってきています。バイクを持っている家も多いです。馬ではなくバイクで街まで行ったり、羊たちをバイクで追ったりする姿もありますよ。

戸田 そうなんですか!バイクは石油もいるから、お金も必要になってきますね。暮らしや仕事にも変化が出てきそうです。

ダリさん 馬は途中で水を飲ませたり、休ませたりしなければならないですし、落馬してけがをしたり、長時間乗ると身体も疲れたりするので、バイクの良いところもあるみたいです。よいところは取り入れる、そうすると伝統が崩れる。そういう面もあるんでしょうか。
大きな車で田舎に帰ってくる人の姿を見て、かっこいい、なんとなく憧れる…そういった感覚はあって、街に出ていきたいと思う若者も増えていると感じます。

戸田 そうなんですね。

ダリさん でも都会でうまくいかなくて、帰ってくる人もいます。私は、伝統的な暮らしの価値が彼らにも伝わるといいなと思いながら、仕事をしています。

「遊牧生活がよくわかるよ」とダリさんが見せてくれた絵

 

伝統や文化を守り、つないでいくために

ダリさん 遊牧民の暮らす地域は、場所によって違いますが冬はマイナス30度~50度にもなります。だからこそ、ヤクの毛やカシミアは、人が身につけてもあたたかくて、特にモンゴル産のものは世界的にも高品質だと言われています。

戸田 マイナス50度! 

ダリさん 遊牧民は、ヤク、ラクダ、羊など、その土地の気候にあった動物を飼っています。特に寒さが厳しい北のほうではトナカイを飼っています。

戸田 動物たちとともに暮らしているのですね。

ダリさん 毛は、夏に刈って、昔から女性たちがフェルトにしてきました。フェルトは、遊牧民の暮らしにはなくてはならないものです。その手仕事も大切な技術だと思います。ただ、今の生活にはマッチしないデザインだったりするので、私が日本にいるからこそできることかなと感じて新しいデザインも一緒に考えて挑戦しています。


日本人のフェルト作家さんにモンゴルにきてもらって、モンゴルの素材や遊牧民の暮らしを体験してもらったこともある

 

戸田 女性たちの手仕事を応援したいと考えているんですね。

ダリさん 女性たちとやりとりするときに、私がモンゴル人だということが大事かもしれないと思ったことがあって。

戸田 それはどういう面でですか?

ダリさん 私は以前、企業の通訳の仕事もしていたんですが、ある海外の企業がフェルト製品を手掛けるために、手仕事をする女性たちとやりとりをしに来ていて、その通訳をしたことがあったんです。その時に、「このデザインで作れ、できるか?」みたいな感じで上から目線で、すごく嫌だなと感じました。伝統的な技術を、どこか遅れているものだと思っているような…。私は、女性たちのやり方を尊重しながら、今の暮らしにも合うシンプルなデザインも取り入れつつ、というふうにやっています。いろいろと模索しながらなのですが。

戸田 そうなんですね。

ダリさん あとは、海外のNPOが、遊牧民の暮らしを豊かにするためにということで、女性たちのためにフェルトの手仕事の学校のようなものをモンゴルに作ったりしていて。私もそこの女性たちにお願いすることが多いのでとてもありがたいと感じますが、正直なところ「モンゴルのことをモンゴル人がやる」ということも、重要なのではと思っているんです。「貧しくてかわいそうだから助ける」というスタンスに、なんとなく違和感があるというか…。

戸田 それは、自分たちのことを自分たちでやる、という「自治」という考え方にも通じるものがある気がしますね。

 

『欲』について向き合う

ダリさん 日本人の旦那さんと出会って日本で暮らし、良さもたくさん実感しています。いっぽう、日本で暮らしたことで「本当の豊かさってなんだろう?」と感じることも増えたかもしれません。

戸田 先ほども、物の少ない遊牧民の暮らしを日本の生活の中で思い出すことがあると伺いました。他には、どんなことがありますか?

ダリさん 3番目の子どもが小児がんを患ったことも大きな出来事でした。1年間の闘病を経て今は元気になりましたが、その時に「健康」や「食の大切さ」についてものすごく考えました。

戸田 お子さん元気になられて本当によかったです。「食の大切さ」とは、例えばどのようなことでしょうか?

ダリさん 子どものおやつを買うときにも、裏の表示をしっかり見るようになりました。そうすると、添加物の入った食べ物がすごく多いなあと。いくらパッケージや見た目がおしゃれでも。

見た目は素朴でも本物に囲まれた、自然の恵みと調和した遊牧民の暮らしとは、対照的だと感じます。それと、身近な人が就職してしばらくした時に、心を患ったことがありました。自分で命を絶ってしまうのでは…ということがとても心配でした。その時にも、みんなが幸せに暮らすためには何が大切なんだろう?とかなり考えさせられました。

戸田 一見豊かで、平和だと思っていた日本でだからこそ、余計にそう思われたんですね。

ダリさん 遊牧民の暮らしは貧しい、と言う人もいます。でも、不満そうだったりひもじそうだったりとは、私にはとても感じられません。厳しい自然の影響を受けることがあっても、不平や文句を言っているのもいちども聞いたことがなくて。

戸田 貧しいというのはどういうことなのか?私もあらためて考えさせられています。

ダリさん 特産である毛を活かして、現地の仕事になるようなことができないかと模索し続けていますが、物の少ない暮らしが良いと思いながら、逆行して物を作って売るという仕事の方向性について、葛藤することも正直なところあって。模索しながら仕事しています。

戸田 そうなんですね。

ダリさん それに、日本のことも好きなので、モンゴルと日本、言い過ぎかもしれませんが世界全体が幸せであるためには…なんて大きなことも考えると、結局大切なのは自分の心のなかの平和や、バランスだということにいきつくなあと。仕事しすぎだと不満を言う旦那さんとのやりとりのような、そういう日々のこと、大切ですね。

<おわりに>
仕事、子育て、暮らし方…「どう生きるか」を、模索し続けているダリさん。私もまた、自分の生き方についても見つめる取材となりました。人の欲や便利さと持続可能性のバランスなど、ダリさんが考えている背景には、モンゴルの遊牧民の暮らしがあると感じました。どうしたらみんなが本当にしあわせに生きることができるだろう?自分は何をしていったらそれに貢献できるだろう?と真剣に模索する姿に心をつかまれ、多くの人が一緒に考えさせられ、協力したくなるのではと思いました。

戸田育代

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豊田市の山村地域に夫婦で移住して11年。4人の子育て中。子どもたちと、野山や田んぼの広がるご近所を散歩することが好き。子どもの頃に海外に住んだことがきっかけ...

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撮影 永田 ゆか

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静岡県静岡市生まれ。 1997年から長久手市にあるフォトスタジオで11年間務める。 2008年フリーランスとして豊田市へ住まいを移す。 “貴方のおかげで私が...

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